『インモラル』

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藤ヶ谷さんの言う通り、国道は渋滞していた。

「やっぱり混んでるな。電車で帰った方が早かったね、ごめん」

「いえ…」

寧ろ時間がかかって嬉しい。

…この助手席、いつもは藤ヶ谷さんの奥さんが座ってるのかな。

ちょっとモヤモヤした。

「今日、楽しかった？」

「あ、はい」

「良かった。Aちゃんああいうの好きそうだよね」

「藤ヶ谷さんは？」

「うん、好きだよ」

この「好きだよ」が自分に向けられたものだったら…。

家庭を壊す気なんて更々ないくせに。

けど妄想するくらいなら、いいよね？

「もう一回言って下さい」

「何を？」

「好きだよって」

「…何で？」

「録音するんです」

スマホを取り出した。

「ろく、おん？」

若干引きぎみの藤ヶ谷さん。

「藤ヶ谷さんの声、好きなんです。だから録音していつでも聞けるように」

ていうか、引かれても構わないから録音したい。

藤ヶ谷さんとどうにかなりたい訳じゃないし。

こんな子無理ってくらいに思われたほうがいい。

「…変わった子だね、Aちゃんは」

「変人で結構です。はい、準備できました。お願いします」

スマホを藤ヶ谷さんの顔の近くへ持っていった。

「おふざけが過ぎるんじゃない？」

私のスマホを取り上げる藤ヶ谷さんは真顔だった。

嫌われたかな、でもいいや。

藤ヶ谷さんに惹かれてる自分がすごく嫌だから、いっそのこと嫌われてしまいたい。

「…録音はさすがに駄目だよ。俺が北山の立場だったら嫌だし」

それはそうだ。旦那以外の「好きだよ」なんて録音が入ってる奥さんなんて有り得ない。

虚しくて、惨めで、情けなくて。

それから何分か無言で。でも車は進まなくて、気まずさに耐えられなかった私は「あの、ここで降ります」と言った。

「危ないから駄目だよ」

「別に平気です」

シートベルトをはずそうとすると、手を掴まれた。

「離して下さい」

「降りないって約束してくれるならいいよ」

「…降ります」

「じゃあ駄目。離さない」

絶対降りないなんて言わない。この手を離して欲しくないから。

「駄目ばっかですね、藤ヶ谷さんって」

「駄目なことばかりするからだろ」

呆れたように藤ヶ谷さんが笑った。

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