ぼくたちの失敗

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「先生、本当にありがとうございました」

診察が終わった午前最後の患者さんがお礼をいいながら出てきた。

お会計をする時に、菓子折りをカウンターに出す患者さん。

「ねぇあなた、これ若先生に渡しておいてくれる？受け取ってもらえなくて…」

たまにこうして先生への感謝の気持ちからか、菓子折りを持ってくる患者さんがいる。

診察室で先生に渡したけど断られたみたい。

スタッフも受け取らないように言われている。

「あの、でも…」

「頼んだわよ」

カウンターに菓子折りを置いてそそくさと患者さんは帰ってしまった。

どうしよう。

憂鬱な気持ちで受け取った菓子折りを手に、いくつか診察室のある廊下を歩いていると、技巧室から声をかけられた。

技工士の二階堂さんだ。

「断れない性格ってしんどいよね〜」

一部始終を見ていたのか、私が手にしている菓子折りからすべてを察したのか、そう言って笑う二階堂さん。

なぜか私はいつも二階堂さんにからかわれる。

この間なんて、出来上がったインレーを取りに行こうとしたら、ドリルを向けれてびっくりする私を見て大笑いしてたし。

「断ったんですが、置いて帰っちゃったんです」

「あ〜あ、どうすんの」

「ごめんなさい…」

「ちょっと断る練習してみる？」

「へ？」

ちょい来て、って技工室に引っ張られた。

「金貸して？」

満面の笑顔で言う二階堂さん。

「お金、ないです…」

「じゃあ脱いで？」

「…出来ません」

「いい感じ。これからはさ、俺が断る練習に付き合ってあげるよ」

断る練習かぁ。
よし。頑張ろう。

「ありがとうございます」

感謝の気持ちを込めて深々とお辞儀した。

「じゃあさ、俺と付き合お？」

「無理です」

「おい、そこは「喜んで」、だろーが」

えっ？何で？
断る練習なのに。

「目ぇ閉じて」

「…何でですか」

「いーから」

「…はい」

言われたとおりに目を瞑った。

「素直でよろしい」

二階堂さんの声が聞こえて、両肩を掴まれた。

その瞬間、スパーン！っていう大きな音がして目を開けると二階堂さんが頭を抱えてしゃがみこんでいた。

「…横尾さん」

うちの歯科医院のもう一人の技工士の横尾さんがスリッパを持って腕を組んでいた。

「早く戻りな」

「は、はい…」

横尾さんは苦手だ。

太輔先生の同級生らしいけど、太輔先生とは違っていつもムスッとしてるから。

私は慌てて技工室を出た。

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