ぼくたちの失敗

29 ページ31

けれど先生はどこかに出掛けていたのか休憩時間に会えないまま、午後の診察がはじまった。

予約していた患者さんが来たから、技巧室に技巧物を取りに行く。

…まただ。

横尾さんがいないのをいいことに、二階堂さんが爆音で音楽を聞いている。

技巧室は防音設備になってるからかも。

「二階堂さーーん！」

「…」

後ろ姿に声をかけても音楽に乗りながら作業してる二階堂さん。

もうっ。

仕方なく隣に行く。

「おおっ、びびったぁ」

「鈴木さんのクラウン、取りに来ました」

「ういっす」

ガラスの棚を開けてそこから取り出し渡してくれた。

「明日の飲み会、楽しみだね」

そうだった。明日は職場のお食事会だ。

「初めての幹事、緊張するんじゃない？」

「そうですね…」

上手くできるかな。

「俺、出来るだけ手助けするよ」

「…ありがとうございます」

二階堂さん、優しい。

「任して、そういうの得意だから」

みんなで楽しく飲も〜っ、って笑う二階堂さんが可愛い。

「あっ、やべ、横尾さん帰って来たわ」

窓から見えたのか慌てて音量を下げ、作業机へ戻る二階堂さん。

技巧室から出ようとすると「ねえ」と二階堂さんに呼び止められた。

「はい」

「俺さ、横尾さんがなんで君のこといつも見てんのかわかんないんだけど」

…え？

「気づいてなかったんだ、やっぱり」

してやったりな顔の二階堂さんが近づいてきた。

「穴あくんじゃね？ってくらい見てるよ、いつも」

「…どうして、ですか」

「さあ？つーか俺が聞いてるんだけどな」

「…」

「もしかして、密かに好きだったりして〜」

わはは、ってからかう二階堂さん。

そんなはずがない。

業務的な会話しかしたことないけど、話をしていてもいつも横尾さんの瞳の奥は冷たいから。

そこで扉が開いた。

「…こんなとこにいたのか。受付に患者さんがみえてるから急いで」

ビニール袋をぶら下げた横尾さんは抑揚のない声でそう言った。

「っ、はい！すみませんっ」

逃げるように、私は技巧室から出ていった。

30→←28

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す