歴戦 ページ10
「幽霊、ねぇ…ははｧ……」
目覚めた尾形は、東谷の説明を受け、感想らしき言葉を述べる。月島は先程から散らかった部屋の掃除だ。
「疑っても良いけれど、私本当の事をしっかりと話したから。」
「そうかよ…、おい」
「名前」
うざったらしい伸びた髪をかき上げるようにして頭を撫でる尾形は、少ない口数で東谷の名前を求める。東谷は一瞬困惑する様を見せたが理解したのか
「東谷Aよ」
と名乗る。
それに尾形が何か返す事もなく、ポスンッ、とベッドで横になり、眠ってしまった。元々生命力を吸われ、数日は目覚めない筈だったのだ。相当無理をしていたのか、額にじんわりと汗が見える。この一瞬で深い眠りに落ちてしまったらしい。
東谷は、半ば呆れた様にため息を吐くと近くの清潔な布でそれを拭ってあげていた。その振る舞いはまるで子を看病する親のようだった。
「は…うぇ……」
「兄様、また眠られてしまったのですね。」
尾形が何か東谷に、誰かを無意識に重ねていたのか、魘されている様子を見せていると、勇作が、にゅっ、と文字通り表れる。東谷は驚いてすっとんきょうな声を上げたがお構い無く勇作は尾形に触れ、口元を緩める。
東谷には感情の高ぶりを多少抑える術を持つので、何か勇作がやらかすと即座に動く事が可能だ。しかし、暫くは眺めて居よう、と彼女は思った。
「東谷…手伝って欲しいんだが…」
「い・や・よ」
月島が苦々しく訴えるが、東谷はそれを一蹴りした。
＜尾形目線＞
「東谷Aよ」
名前を聞いた。そしたらこの女は馬鹿正直に教えてきた。
きっと、根っからの善人で、俺を無償で診たのだろう。幽霊を、診たのだろう。
前々から可笑しかったんだ。勇作殿は俺が二○三高地で撃ち殺した筈なのに『兄様』と慕い続けて出てくる。しかも周りの連中には見えないときた。そん時からだろうか?
勇作殿は少し、いや結構変わったが相変わらず高潔な人物だった。俺とは違う、穢れがない人。俺と同じではない人。
……俺には、もう何もないから、死して尚何か違う勇作殿を見ていると、何とも言えない感情になる。
ふと、強烈な眠気が俺を襲う。抗えない眠気は、俺を深い眠りに誘う。
夢は見ない。只々暗く、どこまでも黒色が続くだけだ。昔は良く怖くて母上を探していた。今は、もうそんな事も出来ない。
只、呆然と立ち尽くすだけ
でも今回は違った。何処か温かくたったんだ。
小さな、小さな明かりがあったんだ。
「母上…」
＿＿＿＿俺は…
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作者名：文揚げ | 作成日時：2021年10月4日 17時
