マタギと双子と山猫と［参］ ページ22
＜東谷目線＞
｢外したようです……あの場で手っ取り早く殺してしまえば良かったのでは？｣
私達は小屋を出た後、離れた高場で谷垣一等卒を狙撃していた。
二階堂一等卒は双眼鏡を、尾形上等兵は射撃を担当し、私はそれを眺めているだけだ。確かに何もしないと言った。私‘は’何もしないと、言った。
他人を止める事もしない。人間、自分が一番可愛いでしょう？
｢あの場でやれば目撃者も殺さなくてはならない｣
｢バアチャン子の俺にそんな事させるな｣
ここで新事実。尾形上等兵はバアチャン子だった。
｢谷垣は真面目な男だ。｣
｢鶴見中尉を出し抜こう等と言う話には乗ってこないと、玉井伍長達には釘を刺しておいたのに…｣
｢谷垣一等卒も貴方達と一緒に来る予定だったの？｣
｢いや、玉井伍長達は説得に失敗し、口封じをしようとして返り討ちに合ったと言うのが自然だろう｣
成程、つまり誘おうとして嫌だと断られた訳だ。それで殺した。あの子供に見せた優しげな雰囲気な男が平気で殺しを成せる事に、私は少し意外だ、と言う感想を持つ。
尾形上等兵なら未だしも、きっとあの優しげな雰囲気が素の性格な男だ。殺人なんて出来ない…いや、出来るだろうが進んでしないだろう。しても玉井伍長達をあのアイヌの村で軟禁する程度だと思う。
｢この三十年式歩兵銃…優秀な銃だが、並の兵士では百メートル先は当てれまい｣
｢でも俺は、三百メートル以内なら確実に頭をぶち抜ける｣
｢旅順攻略戦では、露助のマキシム機関銃に日本軍は苦戦を強いられた……俺のような精密射撃を得意とする奴を集めておけば、あんなに死なずにすんだ筈だ｣
日露戦争が長期間続いたのは、それが大部分の原因なのだろう。この人もこの人で案外仲間思いだったりするのだろうか？
そんな事を考えていると、二階堂一等卒が
｢窓に動きが…っ、鉤爪の様なモノで塞いでいます！｣
と、叫ぶ。
尾形上等兵は変わらず銃を構えており、私は眺めているだけ。この寒い中、ずっと立ち続けるのも案外辛いモノだ。白い息が三つ、温かそうな家が沢山。
そう言えば、静岡の両親は元気だろうか？旅に出て、一度も帰ってない。この案件が終わったら帰ってみるのも一興かも知れない。
温かな食事に、他愛もない会話。ありふれた幸せで、これ以上無い愛情だ。人恋しいと言う感情だろう。
北海道の白い雪を見ていると、何だかロマンチックとやらの感情が浮かんでくる。
少なくとも、こんな状況で考える事じゃないのは確かだった。
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作者名：文揚げ | 作成日時：2021年10月4日 17時
