マタギと双子と山猫と［肆］ ページ23
＜東谷目線＞
鉤爪らしきもので窓を塞いでから、数分、数十分が経過しただろうか。お互いに動きがない。
下手に動くのは悪手だと理解しているからだろう。流石は軍人である。
しかし、戦況は次の瞬間傾いた。
ｼｭﾊﾟｧﾝｯ!!!
と、言う発砲音と共に遠くで何かキラキラと反射したモノが落ちた。後に双眼鏡だと判明する。
｢当たりましたな｣
｢双眼鏡の動きが嘘臭い｣
｢そこから動きが見えてるなら二階堂要らないんじゃないかしら？｣
各々が反応する。緊張感が無さそうなのは私だけかもしれない。
それにしても尾形上等兵って意外と凄い人では？
視力は良い、狙撃も有効射程距離が百メートル弱の銃で三百メートル程までは確実に撃ち抜ける腕を持つ。そして、日露戦争を生き抜いた屈強な男。
そんな彼が何故鶴見中尉を裏切ったのだろうか？待遇？それだったら本隊に言う筈だ。日露戦争後の第七師団の扱いは知っている。でも、そのような事じゃ無い、と私の第六感(勘)がそう告げている。
｢……何か飛び出してきましたっ！！｣
｢煙幕を張って飛び出す気です！｣
｢あんな煙の量じゃ撃たれると思うのだけど｣
煙幕にしてはお粗末だ。
あの尾形上等兵相手にしては、だが…。
すると何かに気付いたのだろう。尾形上等兵は立ち上がりながら
｢先手を取られた｣
と、走っていく。私と二階堂もそれに着いていく形で走る。
暫く走ると、到着したのか尾形上等兵は止まった。辺りを見渡すと、ここはあの小屋の裏側だと言うことが分かる。小屋の裏側には、破られた壁があり、そこから全てが察せれる。
｢……逃げられたな｣
｢意外と頭が回るのねぇ……感心感心｣
｢手負いではそう遠くへは逃げれまい｣
｢ 谷 垣 狩 り だ ぜ ｣
地を這うような黒く、威圧感と共に楽し気な声が発せられる。尾形上等兵にとって、谷垣一等卒は‘獲物’なのだ。彼にとって、これは‘狩り’
私達は兎を狙う猟師と言う訳か…。
｢アイツはきっと下山すると思います。先回りして撃ってしまうのはどうでしょうか？｣
｢腐ってもマタギだ。｣
｢その前に気付かれるだろう。殺るなら追いかけ、後ろから撃つ｣
｢この山で鬼ごっこですか……｣
まだ春の始まり、いや、始まってもない。少しだけ溶けた雪は、こちらが有利かも知れないが、気温や土地勘はあちらに利がある。これは面倒臭そうだ。
しかし、私も二階堂も着いていくしか道はないのだ。
何故なら、もう私達には何処にも居場所が無いのだから…。
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作者名：文揚げ | 作成日時：2021年10月4日 17時
