これは貴方じゃない[参] ページ14
「……病室に運ぶのよ」
鯉登はピクリと眉を動かし、腰に提げた軍刀に伸ばした手を止める。
東谷は、尾形から目を逸らさず、鯉登に語り続ける。
「今は時間があまり無いわ。それに錯乱状態よ…。」
「このまま此処で放っておくと、暴れ出しかねない。」
「それに、この人は依頼対象でもある。鶴見中尉殿からのね…。もう、分かるでしょう？」
「つまり…助けなければ鶴見中尉殿のお心に反する訳か」
苦虫を噛んだような表情で理解した鯉登は、己の私情より、鶴見を優先したのだろう。
尾形の所にまで歩み寄り、背負うのは尾形が動かないし、体制的にも無理なので、楽な横抱きをする。所謂‘お姫様抱き’とやらだ。
両者共々屈辱でしか無いが、鯉登は鶴見の為。尾形は先ず意識が錯乱している為、両者暴れる子事は無かった。
「(…軽いな)」
想像以上の軽さに驚きながらも東谷に
「病室は、先日散らかした彼処で良いのだな？」
と尋ねる。東谷は始めポカン、としていたが我に帰ると即座に是と答える。
鯉登は鍛えられた筋力と体力を唸らし、全力で病室へと向かっていった。東谷は正常に戻った後の尾形の心情を察し、手を合わせ、小さく謝罪した。
鯉登を追いかけるべく、彼女も走り、途中で見つけた宇佐美に尾形が見つかったと話ながら病室へと急ぐ。
＜尾形目線＞
頭がボーッとする。
俺の意思で俺の体が動かねぇ…。どういうことなのだろうか。それを考えるのも、何故だか疲れる。
このまま眠ってしまいたい。この感覚に身を委ね、何もかも放っておきたい。
でも、何故か胸が苦しいんだ。何か、大切な事を忘れている気がする。何か、屈辱的な気分になった気がする。
ふと、体の感覚が少し戻った気がして、視界から外界の情報が脳へと送られ、それを認識する。例えるなら寝起きみてぇな…。
誰かに、抱えてられてんのか？男……
「ゆ、ぅさくど…の？」
不思議な女が、死んだ奴に生命力だの何だの吸われてて目覚めなかったって言ってたな。
もしかして、この感覚も、それのせいなのか？全く迷惑な話だぜ。
勇作殿、と呟いたのが切っ掛けなのか、段々思考が、視界が、感覚が鮮明になっていく。ボーッと働かねぇ脳味噌が漸く稼働してきた。
「んあっ…？」
鮮明になった思考が嫌でも理解させる。
こんな屈辱的な気分になったのは正直久々だぜ？
俺は今、男…それもあの鯉登少尉に横抱きされている。
ボーッと働かない脳味噌で居た方が良かったと俺は今更ながら後悔した。
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作者名：文揚げ | 作成日時：2021年10月4日 17時
