番外編「ルパンにて」 ページ27
黒髪の少女…暁いろはは、いつの日かの太宰のように酒杯の淵を指で撫でていた。
その背後から…そこまで高くはないスーツに身を包んだ男が入ってくる。
「…未成年が飲酒ですか。見過ごせませんね。」
「嗚呼…お久しぶりです。…大丈夫ですよ、これアルコール含みませんから。」
謂わばジュースです。と、少女は笑うように目を細め、答える。
「…太宰君は?君一人ですか?珍しいですね。」
「太宰さんは…まだ、彼の死を、振り切れていませんから。」
そう云う少女が座っているのは、よくその人が座っていた席である。
スーツの男…坂口は「貴女だって振り切れて居ないのでは?」とあの頃よく頼んでいた酒を頼み、口に運びながらそう呟く。
「…飲まないのですか?」
「飲みます。飲みますよ…。」
依然淵を撫で続ける少女に、男はそう不思議そうに云う。
すると、少女は真顔のまま答える。
「…嗚呼、甘い。物凄く甘い。甘くて涙が出そう。」
口に少し運ぶと、泣きそうな顔のままそんな言葉を口にする少女を、男はただ静かに横に座ってその言葉を聞いていた。
「…私、
「遺品、ですか?」
「えぇ。彼の遺品…いえ、正しくは彼の遺品で、彼の数少ない担当店舗の一つだった、私が殺したようなあの食堂の主人の遺品です。…彼が好きだった
矢っ張り泣きそうな顔の少女を、男は横目で見ながらため息を吐く。
「…泣きそうですよ、貴女。痛々しい程に。」
「知ってます。知ってます…何度も、彼にも、云われましたから。…何故、私が常に笑むか分かりますか?出会って間もない頃、太宰さんが私に云ったのです。私は笑わなければならない、と。でなければ…私は痛々しくて、今すぐに消えてしまいそうだから、と。それが…私にした、最初の命令でした。」
「…じゃあ太宰君が来ないのが分かっているから_」
「えぇ、そうです。」
「貴女は真面目なのか、不真面目なのか…よく分からない人ですね。」
「…それで良いのです。」
私は、万人に好かれたいとは思わないですから。
少女と男がそんな会話を交わしたのは、“彼”…織田作之助の、命日だった。
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最近織田作がツラくてたまらないです。この番外編を入れる位には。
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作者名:業猫 | 作成日時:2019年7月10日 12時