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「こんばんは、鈴木くん」

ニコッと笑った宏光は、鈴木くんの近くまで歩いてきた。目が笑ってないのは気のせい?


「そいつ、返してもらってもいいかな」
「Aさん?どうぞ」

鈴木くんが私の手をぐいっと引っ張って、背中をトンっと押す。おぼつかない足取りのまま、宏光の目の前に。…ちか。


「じゃ、Aさん。また明日」
『あ…えっと、ここまでありがとう…?』
「ふふ、おやすみなさい北山さん、Aさん。あ、鍵持ってた。北山さん、どーぞ」

私の気持ち知ってて今笑ったな鈴木くん。後輩の癖に生意気だ。宏光に鍵を渡してスタスタと出て行った鈴木くんの背中を、ぼーっと見る。


「…行くぞ」

ぐいっと手を引かれて、宏光もスタスタと歩いていく。エレベーターも廊下も無言。どうして怒ってるかも分からない。…どうしよう。


鍵を開けると、無理矢理部屋に入れられる。宏光の顔は暗くて見えない。


「…なあ、またあいつ?」
『またって…2回中2回とも宏光が下に居るから会ってるだけで、』
「前回は体調悪かったから送って貰ったんだろ?じゃあ今回は?」
『…飲みだけど』
「だろーな。酒の匂いするもんな」

ふっ、って鼻で笑う。


「俺と行けなくて、あいつと行ける理由は何?」
『それは今日たまたま、予定が合って』
「…ふーん、たまたまね。で?これから家で飲むつもりだったわけ?」
『違うよ、フラフラになって心配だからって送ってくれただけで、』
「…どうだか」

冷たい。宏光の目が冷たい。


『…宏光は何でエントランス居たの?今日も先週も』
「Aと飲みたかったからだけど?まあそれも、俺だけだったわけね」
『違う…!私も、』

会いたかったよ、とは言えない。


『…飲みたかったよ?』
「…あっそー」


冷たい。怒ってる理由は、飲めなかったから?宏光と飲まずに、鈴木くんと飲んだから?…それでこんなに機嫌が悪いの?分からない。


せっかく会えたのに前回は体調悪いし、今回は空気最悪で。…どうしよう。








『…あのね、お客様に頂いた美味しい焼酎あるの。今から飲まない?』




「……まない」





突発的にこんな事を言ったのは、別に飲みたかったわけじゃない。宏光と楽しく居たかっただけだった。






『え?』



「飲まない。鈴木くん呼んで、2人で飲めば?」



『…何言ってんの』






「…帰るわ」





私の横を通って、出て行った。ガチャンと扉の閉まる音が響く。







ぽたっと涙が落ちた。



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作者名:ナナシ | 作成日時:2021年12月16日 17時

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