滝川の ページ20
「桃寿郎くん、おはよう、今日は寝坊しなかったんですね」
「おはよう! 良い朝だ! 」
ブレザーを着た幼馴染は今日も快活に朝の挨拶をする。
「はい、お弁当……本当に私がお弁当を作って良いんですか? 」
「ああ、いつもうまいと言いながら食べているんだ」
桃寿郎の声は校舎中に響き渡っているから知っている。
そんなことは言わず、ふふ、と笑って通学路を歩き始めた。
炭彦くんは通学路に見かけないから今日も寝坊だろうか。
「A、その巻物は何だ? 」
桃寿郎が、Aの鞄から飛び出た紙を指摘する。
「ああ、これ、日本史の授業で遡れる限りの家系図を作ってこいって言われて……本当、めちゃくちゃですよね。あっ、そうだ、これ見てください」
Aは大きな紙を広げる。沢山の名前が記された紙だ。
「ほら、ここ。藤花って珍しい名前だとは思ってたんですけれど、元々は武家らしいんです! あと、ほら、この人」
Aは家系図の一箇所を指さした。家が分かれて藤花家ができた後。
藤花 Aと記されている。
その人だけは誰とも夫婦になることもなく、ぽつんとしていた。
「私の祖母のお母さんのお姉さん? とかその辺りの方みたいで、この方大正時代に生涯独身を貫いたそうなんです」
「すごいことなのか? 」
「ほら、昔って女は子供を産むのが義務、みたいなのあるじゃないですか。どんな人だったんだろうって、祖母の家を見てみたら色々出てきて……大正時代の医者で、剣士とか被害者とかを助けてたって。でも変ですよね。大正時代に刀はないはずなのに……あ! あと祖母からすごく綺麗な着物を貰ったんです! 」
Aがにこにこ笑うと、つられて桃寿郎も笑う。それが嬉しくて、Aは話を続けた。
「すっごく綺麗な藤色の着物なんです。あ、初詣に着ていこうかなと思ってて」
「良いな! 来年も一緒に行こう」
「はい! 」
きっと桃寿郎が卒業するまで、この通学路を二人で歩いて行くのだろう。彼が寝坊しない限りは。
炭彦は桃寿郎に剣道部に誘われ続けるし、カナタは朝に弱い炭彦に手を焼き続ける。
……平和だ。愛しさに胸が切なくなるほど。
「え、あれ? 」
気付かぬうちにAは涙を流していた。
「どうした!? どこか痛むのか? 」
「違うんです……何か目に入ったのかな、なんで……」
必死に涙を拭っていると、温かな風が二つ通り抜けて行った。
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作者名:あくびさん | 作成日時:2021年2月13日 10時