【鬼滅の刃】瀬を早み【煉獄杏寿郎】 (ページ1)

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岩にせかるるページ1

あの人の訃報は鎹鴉から聞かされた。
薬臭い、生と死の入り混じった仕事部屋で。
いつも刀を携えて遠くに行くたびに、此度も無事でありますように、と、神仏に祈るのが日課になっていた。

此度も無事に戻られますように。
そんな祈りを捧ぐ日々がいつか終わると信じていた。
それは、そんな終わり方であってほしくはなかった。

あの人は私の太陽だった。あの人は太陽で、私は月だった。
あの人が明るく光を放てば、その分だけ私も笑顔になれた。
あの人が笑っているから、私も笑顔でいられた。

「……死化粧を、施さないと」
薬の入った瓶がカタカタと揺れる。
呼吸ができない。……落ち着いて、息を吐かないと。
過呼吸になりかけていたところから、何とかいつもの呼吸を取り戻す。
痺れた手足まで酸素が行き届き、震えは幾分かマシになった。

藤の花の家紋。その中でも藤の花を名乗るこの家で、剣士を癒やし、失った体力を取り戻させ、戦場へと見送るのがAの仕事だった……時には蝶の館に赴いて、薬師の彼女らと意見を交わすこともある。
そんな日々だった。
そんな日々とわかっていた。
煉獄の名の家に嫁ぐその日まで、刀を持たぬ者として医師として、鬼狩りに献身するのだと。

「……杏寿郎さま」
天に向かってその名を呼ぶ。
もうあの声が返事をすることはない。
あの声が、うまいうまいと言いながら、飯を頬張ることもない。

「Aは……Aは、心より、あなた様を……」
空は晴れ渡り、あの人そっくりな太陽がこの世界を照らしていた。
「……お慕いしておりました」

祝言をあげる時に伝えようと思っていた、伝えるべき人をなくしたその言葉は、しばらくの間そこに漂って消えた。

座ってはいられない。
まだ鬼は、この世の宵闇にその身を潜めているのだから。
柱の血を持つ者として、藤の花を名乗る家の女として、成さねばならないことはまだ残されている。

Aは荷物をまとめた。もう手は震えない。
成さねばならないことがあるから。
Aは鎹鴉を呼び寄せる。
「……急いで現場に連れて行ってください。多数の怪我人がいることでしょう。あの方が守った命、わたくしが繋がねばなりません」
泣くのは後だ。己が使命を果たせ。それが、あの人への弔いになるから。

あの人は私の太陽だった。
私は月だった。
太陽をなくした月は、どうやって輝けば良いのだろうか。