episode35幸太郎side ページ37
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なんだろうか、大事なことを忘れている気がする。
でも、全く思い出せない……。
家へ帰る電車の中で、僕は頭を悩ませていた。
満員電車、とまでは行かないが、そこそこ混み合っている車内に、座れる席は残っていなかった。
プシューという音とともに、たくさんの人の足音がする。
ドアが開いた音と、乗り降りする人の音だ。
小さな子供を抱いた若い女の人が乗り込んできた。
その人は、片手で子供を抱き、買い物袋をかけたもう片方の手でつり革に捕まっている。
僕の前に立っているサラリーマン風の男性の右隣に位置どったその人は、細い腕で必死に立っていた。
誰か席を譲らないものか。
そう思って、その女の人の目の前にいる男性に目をやる。
__疲れているんだ。
態度から、そのオーラを撒き散らしていた男性は、譲ることはないだろうと察した。
「……あの」
きっと、この場にいる誰もが疲れているだろうし、もしかすると、一見しただけではわからない、足の怪我などがあるのかもしれない。
だったら、立って乗車してもなんの不自由もない僕が譲るのは、当然のことだろう。
僕は女性の上着の裾をちょんちょんと引っ張り、声をかけた。
「席、どうぞ」
そう言って立ち上がると、女性は心底助かったという顔でつり革から手を離し、僕に向かって「ありがとうございます」と告げた。
感謝されたくてした行動ではなかったのに、この人はそう言ってくれた。
こういう時、僕も人への感謝を忘れずに生きたいと思うものだ。
座席に腰を下ろしても、子供と買い物袋があってはどうも座りづらそうだ。
荷物を置きたくても、左右にも人が居るのでは置くに置けない。
膝の上に、2歳くらいの男の子と重そうな買い物袋を乗せて支えている女性を、僕はなんだか放っておけなかった。
「何処までですか? 僕長町までなんですけど、そこまでで良ければ持ちますよ」
「長町一丁目ですけど、そんなの悪いですよ。席を譲っていただいた上に、荷物まで持たせるなんて」
買い物袋を指さしながら言った僕に、その人はとんでもないとでも言うように首を振った。
でも、無理をしているのは明白だった。
さっきチラッと見えた袋の一番下は、冷凍食品だったのだ。
そんなものを薄いスカートの上に置いたのでは、膝が冷たくて大変だろう。
僕は遠慮するその人の袋を持って、笑顔で言った。
「困った時はお互い様って、母が昔言ってくれました」
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綾音日和。@たこむし(プロフ) - 柚李さん» ありがとうございます! 更新頑張ります! (2017年2月21日 19時) (レス) id: 61bdcd300b (このIDを非表示/違反報告)
柚李(プロフ) - テストお疲れ様です! これからも更新頑張ってくださいね! 応援してます♪ (2017年2月21日 17時) (携帯から) (レス) id: 08c9ef1253 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:綾音日和。@たこむし | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/aromalight2/
作成日時:2017年1月19日 21時