ROOMS（ARS）1 (ページ23)

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2.11（sideN）ページ23

木々の色が、葉の色が、さっきよりもさらに淡い色を讃えていた。
瑞々しく、柔らかく、神秘的な、新緑の季節の中でも、ほんの数時間しか見られないような命の息吹の色。

「…なんだ？コレ」

目を見張って脳裏に焼き付けた世界は、香りの薄れと共に、やがて元の色を取り戻した。

ふと彼を見やると、彼もまた風の通り道を目で追っていた。
それから、辺りを見回して……
その目を徐に(おもむろに)俺に向けた。

さっきまで眼の中にあった戸惑いの色は、すっかり消えていた。

「フフ、……そっか」

肩を竦めて(すくめて)笑うと、細めたままの柔らかい眼差しで言った。

「来る？」

俺の返事も待たずに、身体をクルッと回転させると、またペタペタと歩き出す。

「あっ…服は？」

「フフ、そのままでいー」

歩みを止めてまた笑いを含んだ声で、のんびりと返される。
腑に落ちないのは、俺ばかりだ。

「あっ…さっきの…あ」

……目の前でおきた事。
風が吹いたこと。
その風が甘い匂いを運んできたこと。
世界の色が一瞬だけ変わったこと。
どれも言葉にすれば見間違いかもしれない主観に偏った事象だけれど、湧き上がる疑問がくすぶる。

でも、俺の発した声に「ん？」と振り返った彼が、
すげー優しい表情をしていたから……

科学的な理由とか
真実味とか
どうでもいいのかもしれないと、好奇心が消えていった。

「えっと、名前、なんて呼べば？」

代わりに、好奇心を、俺の数歩先を行く彼に向けた。

彼は、一瞬、間をあけたあと

「……サトシ」

と、つぶやいた。