季節外れの海 ページ8
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「――寒い、」
冷たい風が夏服の袖から伸びるむき出しの腕を撫でていく。
連れてこられたのは、人っ子一人いない夜の港。
空の向こう、遠くの方にぽっかりと丸い月が浮かんで、夜を照らしていた。
「思ったより寒いなぁ」
のんきにつぶやいた侑くんは、船をつなぐためのビットに腰掛けて、押し寄せてはコンクリートに打ち付ける足元の波を眺めている。
私はその横に立って、天を仰いだ。
都会の明かりと満月とが邪魔をして、星なんてほとんど見えなかった。
「で、何しに来たん」
「深い意味はない」
体育祭のときに第二体育館へ逃げてきたことを思い出した。あの時も彼は、似たようなことを言った。
視線を感じて侑くんを見たら、侑くんは立ったままの私を見上げていた。
「遠藤」
その視線に射抜かれ、私は何も言えなかった。
体が鉄の塊になってしまったかのように、指一本すら動かせなかった。
私の髪とスカートだけが潮風に吹かれ揺れていた。
「そろそろ気づいてもええんちゃう」
「……どういうことやねん」
口ではそう言ったけど、何のことかは分かった。分かったうえで、とぼけた。
「あのカードに書いてあったんは、『茶髪の二つ結びの女子』や」
彼がその話題を持ち出すのは、あの日きりだと思っていたのに、ここで答え合わせときたか。
「『かわいい子』って言ったのは、冗談なんやろ」
「もう分かっとるくせに」
分かっている。分かっているのだ。「そろそろ気づいてもいい」というのは、そういうことなのだと。
つまり『かわいい子』と『茶髪女子』と、カードの文言がどちらであれ、私が損をすることはないということに、気づいているのだ。
『かわいい子』ならば、文字通り(自分で言うのもなんだけど)侑くんにとって私が可愛く映っているということだし、『茶髪女子』だとしても、侑くんが冗談めかして私をかわいいと評した事実は消えてなくなったりはしない。
さらに言うなら、蒸し返せば蒸し返すほど、あの言葉は冗談の皮を脱ぎ捨てていくだけなのだ。
「あれ、本気やったん?」
その答えがイエスだろうがノーだろうが、私はあの言葉を本気で受け止めてしまった。
だから、侑くんを好きになってしまった。彼の次の言葉が怖くて、スカートの裾をぎゅっと握ったのに。
「さあ、内緒や」
返ってきた答えは、存外にあっさりと、そして中身のないものだった。
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ひな(プロフ) - なぎささん» 初めまして、コメントありがとうございます!ドキドキしていただけてとっても嬉しいです!こちらこそ閲覧ありがとうございました! (2018年9月20日 17時) (レス) id: b56c38f9b7 (このIDを非表示/違反報告)
なぎさ(プロフ) - 初めまして、コメント失礼致します。全体的に最高すぎて終始ドキドキしっぱなしで読ませていただきました…素敵なお話をありがとうございました…! (2018年9月16日 16時) (レス) id: 2a6bd4d84b (このIDを非表示/違反報告)
ひな(プロフ) - あをいけさん» ありがとうございますイベント海コンビニのながれをつくりたかったのでうれしいですまじでありがとう (2018年9月14日 23時) (レス) id: 7dd974e27d (このIDを非表示/違反報告)
あをいけ(プロフ) - 海の次にある選択肢がビニコンなの最高に好きですごちそうさまでした (2018年9月14日 22時) (レス) id: 02a650837d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ひな | 作者ホームページ:https://twitter.com/pp__synd
作成日時:2018年9月14日 21時