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他にすることもなく、わたしはひたすらに男を観察した。





見れば見るほど形の美しい唇だった。

滑らかな曲線を描く輪郭、厚み。

ふっくらと濡れたそれをじっと見つめていると、だんだん妙な気分になってくる。




キスというものを、わたしはまだ数えるほどしか経験していない。

これは勝手な解釈ではあるが、大人というものは、だれとでも簡単にキスをするように思える。

しかしわたしにとってその行為はまだ、複雑で神聖な儀式のように思えてならなかった。

キスと聞けば結婚式の誓いのそれを一番に思い浮かべるような、夢見がちの、まだほんの子どもなのだ。





「お嬢さん」





だから突然、彼に声をかけられたとき。





「そんなに俺のこと見て・・・どうしたん?」





わたしは自分が話しかけられているのだと気づくのに、時間がかかった。



返事もできず、湿ったオレンジジュースのグラスを手に、目の前に立つその男をまじまじと見つめることしかできない。



彼はそんなわたしを見下ろし、微笑んでいた。



大人の笑み。





「自分、ひとりなん?」

「・・・えっと、父を待ってて」

「ふうん。お父さん来うへんね」

「なんか、電車がその、遅れてるみたいで・・・」




彼は当然のように、父が座るはずだった正面の席に腰を下ろす。



わたしは自分がひどく緊張していることに気づいた。

頬杖をついた顔で見つめられると、肺の辺りがぎゅっと固くなって、うまく酸素を取りこめなくなる。





あの美しい唇が、手を伸ばせばすぐに触れられるような距離にあった。

前髪からのぞくひとみは純真なのに、わたしの目には、限りなく煽情的に映った。

なんだか今、自分がひどく女の顔をしているような気がしてならなかった。





しばらくして、彼がわたしの分の伝票を持って立ち上がった。

そこに言葉はひとこともなかった。

しかしわたしは、憑かれたように彼を見つめていた。







これは、若さゆえの好奇心なのか。

それとも。

*→←それを頬張る唇



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べに(プロフ) - ココナッツさん» うわあああああココナッツさん!ありがとうございますわたしも好きです(T T) (2018年3月14日 18時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
ココナッツ(プロフ) - うわああああべにさんっ!うわああああ…(ワケわからなくてごめんなさい、汗)…好きですっ! (2018年3月14日 15時) (レス) id: d0c3580366 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:べに | 作成日時:2018年3月13日 0時

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