Phase03 ページ5
ケラケラと笑っている文也を横目に、彼女は太宰を一瞥してから何もない何処か遠くを見た。《羊の王》という単語が耳を掠める。視線を動かさずに耳だけをそちらに傾けていると、何やら物騒な会話が聞こえてきた。
もう飽きた、とでも言いたげに零魔は足元に擦り寄ってきた猫を抱き抱えて撫でている。先程彼女が見つめていた道から
「……なんじゃ、お主」
跫音が聞こえてくる道を指させば文也もその音が聞こえ、焦ったように中也の方へと顔を振り向かせる。羊の王は目の前の少年に気を取られいるのか気づいていなかった。
「君では僕を殺せない。あの跫音が聞こえないのか?
そこの二人は気づいたみたいだけど」
「跫音だと?」
文也が何かを言おうとした瞬間、怒声が全方位から叩きつけられた。零魔は両腕で自らの視線を遮る。太陽が自身の目を燃やすように刺すのが我慢ならなかったのだろう。……今の状況では、それはあまりにも不釣り合いな行動だが。
「動くな!」
誰かの声とともに銃口が中也に向けられていた。小銃、拳銃、
「はは、面白え。手前、思ったより人気者じゃねえか。てっきり誰も助けに来ないかと」
「投降せよ、小僧」
マフィアの包囲の奥から、静かな声の広津が現れた。その男を見た零魔の感想はおじいさん、だった。どのような人なのだろう、とこの殺伐とした空気とは全く似合わないことを考えている。
「お主、離せ!」
「……ダメ。中也、死なない。でも、近くにいく。
そしたら、“黒”に呑まれる」
ボンヤリとしていながらも文也の服の袖を掴む力は強かった。離せ、と文也が焦ったように言葉を吐けば返ってきたのは支離滅裂で返事にもなっていない返事だ。
けれど、けれどその赤い瞳には情熱的な色とは反対の凍えるような明敏さと何もない虚空を孕んでいた。この状態となった彼女の言うことは間違っていない。頭ではそう分かっていた文也でも、やはり妹であるため兄を心配しているのだろう。
「傷つく。それでもいい、なら、離す」
諦めたのか、それともこの空気を面倒臭く感じたのかは不明だが彼女は何の前触れもなく文也の袖を離して、他人事とでも言うようにまたボーッと空を見始めた。
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作者名:フェルマーとSasa猫 | 作者ホームページ:無し
作成日時:2022年7月15日 20時