秘密 ページ6
あれ、どうしたんだろう?
僕ー伊達凉馬ーは、翔先輩が右手首にサポーターを巻いていることに気がついた。
「何かついてる?」
手首をじっくり見すぎて、先輩は視線が気になったらしい。この際、質問してみよう。
「先輩、手首どうしたんですか?」
僕は先輩の右手を指差して訊いた。
先輩は、高等部の制服の袖を少しまくってから、話し始めた。
「ああ、これ?…バレちゃったか、さすがに」
先輩は、何故か悲しそうな顔をした。
「え?あ、訊いちゃダメでしたか?」
「いや、そうじゃないけど…これ、秘密にしてくれる?」
「…はい」
先輩が声のトーンを落としたから、僕も自然と小声になる。
「これな…トロンボーンの吹きすぎで腱鞘炎になったんだ。ほら、こうやって動かすから」
先輩は、トロンボーンを吹く時のジェスチャーをしてみせた。
「でさ、俺、今日で楽器やめようと思うって家族には言ってあるけど、理由は今のところ秘密なんだ。
でも実はな、腱鞘炎でやめるんだ」
「何で家族に言わないんですか、それ?」
「まあ深い理由はないんだけどね、やっぱ迷惑かけたくないし、証拠隠滅しようと思って」
「ああ、なるほど」
「腱鞘炎になった時、一番直りが早いのは楽器を吹かないことだと思うから、…苦渋の決断かな」
先輩がさっき悲しそうな表情を見せたのは、そういうことだったんだ。僕は納得した。
「まあ、そういうことだから。秘密にしてね」
「はい」
先輩は、いつもの明るい表情に戻っていた。
「先輩、そろそろ時間なので行きます」
「あ、ちょっと待って」
先輩は僕を引き止めると、カバンの中から何か探し始めた。
「はい、これ。凉馬くんにあげるよ。よかったら読んで」
手渡されたのは、1冊の使い古されたノート。
「え、いいんですか?」
「いいよ。それ、話聞いてくれたお礼と、生徒会選挙頑張れよってのと、口止め料だから、それ。生徒会入って行き詰まった時に読むといいと思うよ」
1冊のノートにしては重すぎる思いを託して渡してくれたノート。ただのノートだけど、すごく大切なものに思えてくる。
「ありがとうございます、僕この後当番なので」
「そうか。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
先輩は、眩しいくらいいい笑顔で僕を送り出してくれた。
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作者名:BLUE LEMON 綺 | 作成日時:2020年12月18日 22時