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「…っ、やぶ……おれ、ゃだっ、……」



自分で思っていたよりずっと小さい声しか出なかった。
喉の奥でぱちぱち消えていく思いをなんとか届けたくて
窓辺で夜露色の十字架を見上げるやぶの背中に縋った。

ふたりの最後の1ページには、
おれはもっともっとオシャレをしていたい。
やぶが好きな白いセーターを着ていたいし
ワックスを使ってやぶ好みの髪型にしていたい。
”楽しかったよね”って、さらさら笑っていたい。



「…勝手に、…諦めないで、っ……」



絞りだした本音と一緒に薄い体を抱き締める。
しばらく耳が痛くなるような沈黙がつづいて
やぶは、ふと、左手を上げた。



苛立ちも、ナナメに、後悔も、ギザギザに。



やぶの手が流れるように窓のくもりを溶かしていく。
こんなロマンチック過ぎるやり方、やっぱりずるい。

赤く霜焼けていく指先のつめたさが胸に沁みわたった頃
十字架はあっという間にクリスマスツリーになっていた。
冬の夜空はチューブから出したばかりの絵の具のように
深い群青に垂れ込めて、星は今にも落っこちてきそうだ。


「…っ、やぶ………」


やぶは気分屋で、思ったことをすぐ口にするけれど
同じぐらい照れ屋で頑固で、思ったことが言えない。

そんな矛盾が、こんなにも愛おしく降り注ぐ夜があるのだ。


「……やぶ、手………」


夜露で濡れそぼった左手を両手で包み込んで
ぐにぐにと揉んだり、さすってみたりを繰り返した。

おれの為にと濡らした手を、おれの体温で温める。
こんなやり方、いつまで続くかわからないけれど、


「…今年はこれで我慢な」


ぎゅっと手を繋いで夜色のツリーを見上げたら
この窓を栞にして今日のページに挟みこんで。
いつか情けないクリスマスを、ふたりで笑いたい。



「 俺、ひかるに嫌われるまで迷惑かけ続けるからな」
「…やぶ、…ぅ……ごめんなさい…っ、…」



やぶは”泣くなよ”、と眉を下げておれの頬を拭う。
ごしごし、セーターの袖はちゃんと乾いたままで
レストランのバターみたいな優しさが、またおれを救う。

まるくてクリーム色のそれを飲みこんだら
悔しいぐらい見事におれの全身が喜んでしまった。

まるで全てやぶが用意した演出だったかのように
もう一生、忘れられない。



「おれもプレゼントあるから...取ってくるね」



何事もなかったかのようにやぶは無邪気に笑って
おれはやぶも少しだけ不幸になればいいと思った。



不幸なほど幸せになればいいと思った。



☆→←☆



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ななみん(プロフ) - ありがとうございます!さっそく読もうと思います(*^-^) (2017年2月19日 14時) (レス) id: 5e617ef865 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - ななみんさん» ななみんさん、ありがとうございます^^まず薮sideの「ねぇ、全部ちょうだい」を最初から読んで頂くのがいいかと思います。あとは、ひかるくんの女友達sideと短編集があるのですが、こちらは時系列がバラバラなので、気が向いたときに好きな順番で読んで頂けます(u_u) (2017年2月19日 10時) (レス) id: 7e239da259 (このIDを非表示/違反報告)
ななみん(プロフ) - しょこるさんこんにちは!ねぇ、シリーズ今から読み始めようと思うんですが、どれから読むのがおすすめでしょうか? (2017年2月19日 7時) (レス) id: 5e617ef865 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - 夏樹さん» いつも心のこもった感想ありがとうございます*文章だけを読んでそれほど感情移入し、号泣までできるというのは、きっと夏樹さんが素直な心の持ち主だからですね…( ; ; )とにかく嬉しいです。今後もゆっくり更新ですが、よろしくお願いします* (2017年2月17日 0時) (レス) id: 7e239da259 (このIDを非表示/違反報告)
夏樹(プロフ) - こんにちは。光side本当に切なくて大好きです。このクリスマスのお話で大号泣、更には解説みたいな話の内容を読んだら感情移入をしすぎてしまい歯止めがきかずまたも大号泣をしました。しょこるさんの書き方、話の内容大好きです。これからも応援してます。 (2017年2月12日 7時) (レス) id: d278d89ff9 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:しょこる | 作成日時:2016年12月29日 22時

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