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…
"ハーピバースデートゥーユー…"
この部屋で、5人、誕生日パーティーをしている写真だ。
オルゴール付きのカードをそっと開くように、頭の奥で
賑やかな笑い声がひとりでに再生される。
声の方へ歩いていこうとする意識を、腕をひいて止めた。
”はいコレ俺と高木から。ペアのマグカップだよ”
”2人ともコーヒー好きでしょ?会社で使って”
肩に巻きついて戯れる有崗の腕や、困ったような高木の
笑顔。ガラス越しになぞると、ゾワリ、と肌が粟立った。
後列にもうひとり。伊野尾が立っている。
こないだバーで飲んだとき、新顔だと思ったネクタイを
ゆるめに締めて。ブルーのリボンをかけた鉢植えを胸に
抱えている。
”薮には世話させないほーがいいよ。絶対枯らすから”
恐る恐る足元の鉢植えに視線を落とした。
ひかるがマルオと呼び可愛がっているガジュマルの木が
不思議そうに俺を見上げてくる。
”おれ会社の人には仲良くしてもらえないって諦めてたから
……嬉しい……やぶありがとうっ”
写真の中のひかるがホールケーキに頬を寄せ、無邪気に
笑う。俺の知らない俺に、肩を抱かれて。
「っ、、」
冷静さは裸足で逃げ出してしまった。
両手で耳を塞ぐと、噴き出してくる声が閉じ込められて
行き場をなくしてのたうち回る。
"……薮宏太さん?"
こめかみが激しく動悸を打って、たまらず指で押さえた。
”たしかに部長は義理の兄ですけど…
やぶさんの役には立てないと思います”
「っ、やぶ…っ」
” おれ、やぶが好きだよっ…!”
むせ返るようなミントの匂いに、頭の芯がクラクラする。
”キッチンはおれの城なのっ。ここではだめっ”
カシャンッ。ガラスの調味料が倒れるヒステリックな音。
「やぶここ開けてっ!」
立っていられず、ガラス戸にミシミシ、と体重を預けた。
” やぶのこと、もう好きじゃないから…”
「うっ…」
「っ、やぶっ…!」
膝がくずおれ、ガラスを引っ掻き、固い床にうずくまる。
無意識にひかるの涙を拭おうと伸ばした指先が、透明な
壁にカチリ、とぶつかった。
「もしもしおれっ、、やぶが…やぶが…っ」
薄れていく意識の中、ひかるの電話の相手は誰だろうと
最後の最後まで考えた。
販売部に異動してきたあの日、肩をたたくような声色で
俺の名前を呼んだひかる。はじめましてって顔で笑った
ひかる。
ビスコッティは二度焼いている。
「 助けて、いのちゃんっ…!!」
◇第6話:バルコン◇
475人がお気に入り
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しょこる(プロフ) - みきさん» ほかのお話も読んでいただけるということで、、気に入るものがあれば嬉しいです^^ (2020年6月17日 18時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
しょこる(プロフ) - みきさん» 素敵な言葉の数々をありがとうございます*こちらはもうずいぶん前に書いたお話なのですが、こうして見つけていただき、感想までいただけて、羊ヘアのひかるくんが笑いかけてくれているような温かい気持ちになりました。 (2020年6月17日 18時) (レス) id: 93d8c8f749 (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 本当に素敵なお話を有難う御座いました。他作品もじっくり拝読させて頂きます、素敵な出逢いに感謝::突然の長文コメントを失礼致しました、。 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - 紡がれる文字、全てに開いた口が塞がりませんでした。一気読みを終えた後、ホッとするようなあたたかい気持ちに心が溢れるだけでなく、言葉にできない高揚感をも同時に得たのははじめてでした。この感動をうまく言葉に出来ず稚拙な文での感想となり申し訳ないです、;; (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
みき(プロフ) - はじめまして。コメント失礼致します。はじめてしょこるさまのお話を拝読致しました…なんで、どうしてもっとはやく出逢わなかったんだ私…!!としか思えませんでした、: : 設定や情景1つ1つに息を飲んだのは勿論のこと、それらを表すしょこるさんの言葉選び、 (2020年6月17日 15時) (レス) id: 6c7a20d5ab (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しょこる | 作成日時:2019年2月14日 23時