75 ページ25
部活が無い休日だが、一日の予定は埋まっていた。先輩と勉強と端的に書かれたスケジュールアプリを目を覚まして早々に確認し、常にはあり得ない速さでベッドから出たくらいには、今日を楽しみにしている自分がいた。
勉強を教えてもらうだけなのに、まるでデートに行くかのように髪型とメイクに時間をかける自分に、母が訝しげな視線を投げかける。言いたいことが瞳に表象していた。ちゃんと勉強してくるよ、と聞かれてもいないのに答えて、お気に入りの靴を履く。自分にしては珍しく、時間に余裕を持って家を出ることができた。
集合場所の喫茶店は閑静な住宅街にひっそりと佇んでいて、それ程名の知れた所ではなさそうだった。だが店の外観は落ち着いた木目調で、入る前から心躍る。
「あ、先輩」
「はやいやん。おはよ」
「おはようございます」
足音に振り向けば、少し驚いたように口を開く先輩。時間ぴったりに彼はやってきた。シンプルな長袖シャツにジーンズ。装飾はほぼないが、それが逆にスタイルの良さを際立たせているような気がした。私服を見るのはこれで二回目か。意識すればするほど上手く言葉が出てこず、なんだかむず痒い雰囲気に顔を背ける。刹那、からんと沈黙を埋めるように店の扉から人が出てくる。行こか、と小さく呟いた先輩の後ろに続きほろ苦いコーヒーの匂いが広がる店内に足を踏み入れた。
店主と思しき初老の男性は、此方に気付くとにこりと笑みをたたえる。そしてお好きな席へどうぞと手を差し伸べた。小さく会釈した先輩は慣れたように窓辺のテーブルの方へと進む。穏やかな日差しが差し込む明るい席だ。
「ここのココアが美味いねん」
ココアを頼む姿があまりにも彼のイメージとはかけ離れていて、頼もうと思っていた飲み物を忘れる。いかにも甘いものは嫌いという顔をしているくせに、飲み物はココア。おまけにどうやらブラックコーヒーは飲めないらしい。慌てて同じのをと伝えた私に店主さんは柔らかく微笑んだ。白髪交じりの髪は丁寧に撫で付けられていて、彼の人柄を表していた。
「何回か来てくれているよね。今日は彼女と？」
「っいえ、ちゃいますけど」
ごほりと噎せ返る先輩を見て、店主さんはくくと笑みを漏らした。カップルに見えたのかな、なんて。上がりそうになった口角をお冷で隠し、気を取り直して、数学の教科書とノートを取り出した。
気合を入れてなのかは分からないが、腕捲りをした先輩にどぎまぎしてしまったのはここだけの話である。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 795人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
?ぁ(プロフ) - 読んでる途中ずっと足バタバタさせながら一人寂しくきゃっきゃっしてました((この小説の続編？みたいな感じで夫婦同士の生活も気になります…！私の彼氏はどこなんだろう() (2022年7月3日 7時) (
レス) @page45 id: db7362e824 (このIDを非表示/違反報告)
nao - 最後まで読ませていただきました。高校生の時に戻って青春を味わったかのようでした。先輩knさんにもたくさんキュンキュンしてしまい、もう惚れましたw素敵な作品ありがとうございました＾＾ (2021年8月8日 3時) (レス) id: acb09e3d8f (このIDを非表示/違反報告)
。(プロフ) - 完結おめでとうございます！沢山伝えたいことがあるのに上手く言葉にできません。爽やかな青春と甘酸っぱさが文面から読み取れて、本当に読み終わった時は足をパタパタとしてしまいました(語彙力)素敵な作品ありがとうございました。大好きです。 (2020年7月22日 2時) (レス) id: 670de1abda (このIDを非表示/違反報告)
おいちこ(プロフ) - とぉぉぉぉっても素敵でした....!!完結ほんまに、ありがとうございます!! (2020年6月13日 21時) (レス) id: 658a7529cc (このIDを非表示/違反報告)
里音(プロフ) - 完結おめでとうございます！！あの､その､作者様の作品全てが好きなんですが､その､この作品が1番､語彙力が無くなるくらい好きな作品です｡私の想像する学生knさんのまんまだということもあり余計にドンピシャで私のツボに入りました…！これからも応援してます！ (2020年6月9日 0時) (レス) id: d3415bbb3c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
