少女の影の顔 ページ17
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パスケースには定期券が入っている。
当然のように記された職場の最寄駅。
印字されたわたしの本名と、年齢。
そして。
「へんなコやなあて頭から離れんかったんよ?
学生か社会人かも教えてくれへんのに、こんな個人情報たっぷりのもん忘れていくなんて。
ポッケから落ちたんかなあ、クローゼットのそばに転がってたで。
中見たら、なんや高校の電話番号書いたメモが出てきたから一瞬焦ったけど」
くしゃと笑う目尻。
わたしは黙ってその横顔を見つめた。
手の中で、ラテのカップが徐々にぬるくなっていく。
どうやら考えが外れたらしい。
一夜寝た女の忘れものになんて、興味がないだろうと思い込んでいた。
「……ありがとう。わざわざ届けてくれて」
パスケースと化粧水、それに文庫本をコンビニの袋に押し込み、車のドアに手をかけると、彼は面食らったように目をまるくする。
「ちょ、嘘やろ?待てって」
慌てて掴まれた手首は、一瞬、わたしにあの夜のことを思い起こさせた。
その手の高い温度にすこしおどろく。
彼はこちらの目をのぞくように身を屈め、距離を詰めて、再び笑う。
「……なあ。これもなにかの縁やん?」
「作家さんの話とか、いろいろ聞いてみたいし」
「仕事終わったらメシでも行かへん?」
芳香剤に混ざりふわりと鼻をついた煙草のにおい、わたしは目を逸らし、それを拒絶する。
「Aちゃんのこと知りたいなあ、なんて」
―自分、かわいいなあ―
あのときの、あの月の白さと酒の味がリフレクションした。
密室空間と通りの雑音に遮断された、遥か遠くのほうでチャイムが鳴り響く。
4限目の終了を告げるチャイム。
「……わたしもう、」
「これ、俺の連絡先」
右手の中に、電話番号の記されたメモ用紙が押し込まれた。
はたとも揺れない率直さをもってまっすぐに見つめるひとみは、どうやら揶揄っているわけでも、まじめぶっているわけでもなさそうだ。
「仕事終わったら掛けてな?店決めとくから」
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「遅かったわねえ」
準備室に戻るなり、小川さんに声をかけられた。
「何かあったの?」
「いえ……」
わたしは手の中のそれを握りしめる。
くしゃり。
ちいさくつぶれる紙の音。
「…………何食べようか、迷っちゃって」
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時