ユリアーレ転生物語 (ページ37)

今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:1,778 hit

第八話魔法薬学の校外実習(前) ページ37

『なあ。なんで俺のこと、下の名前で呼んでくれないわけ？』

それは、幼馴染の高橋が学校の行きがけに口にした、唐突な問いかけだった。
その日も彼は、朝ごはんに肉味噌おにぎりを頬張っていた。
『俺達、十年来の付き合いだろ』
『だって……高橋は高橋だし』
『なんだそれ。俺、高橋って呼ばれるのあんま好きじゃないんだよな。学年に五人は高橋がいる』
『そんなの……渡辺、だってそうだよ。よく被(かぶ)る苗字だし』
『じゃあ、雪奈(せつな)』
『えっ、やめて！私、あまり自分の名前好きじゃないの』
『なんで？』
『読みづらいじゃない？ ……よく “ゆきな” って間違われるし』
『ふーん。確かになあ』
私はなぜか、小さい頃から自分の名前がしっくりこなかった。
名前をよく間違えられたのもあるけど、この名前は父が勝手につけたもので、母は納得できなかったらしい。それで、今も母にあまり呼んでもらえない。
呼んでもらえない名前なんて、ただテストの時に記入する記号だ。
『仲の良い加藤さんのことも苗字呼びだもんな、お前。親友の名前くらい呼んでやれよ』
『それは、加藤さんにもよく言われる。だけどなんか……怯(ひる)んじゃうんだよね』
仲が良ければ良いほど、名前を呼ぶことが、何かの契約のように思えてしまう。
誓いのような……約束のような……
『苗字呼びの方が、気楽か』
『……うん』
流石に、付き合いの長い高橋は、よくわかっている。
『そっか。なら、仕方ないか』
だけど、高橋は、少し寂しそうだった。

　〇

前世の夢を見た。
お互いありふれた苗字呼びで、下の名前すら呼び合えなかった幼馴染の夢。
いや、呼ぼうとしなかったのは私の方だ。今の私からすれば、あの頃の私がなぜあんなにも臆病者だったのか全く理解できないが、前世の私は自分の名前が好きではなくて、呼ばれるのも嫌だったし、相手の名前を呼ぶのも怖かった。
渡辺雪奈。
いつまでたってもしっくりこなかった、私の名前。
だからって、他の人まで苗字呼びにしなくてもいいのに。
好きな男の子の名前くらい、ちゃんと呼んであげなよと、前世の自分に少し腹が立ってしまった。

よく晴れた『魔法薬学』の校外実習当日。
私達一年生はケレアレン魔法学校を出て、船ですぐ近くの島まで向かった。
ケレアレン魔法学校が所有する小さな第三薬園島である。ここには魔法薬の必要な植物が自然に近い姿で育てられており、生徒の実習によく活用されるのだった。