溺愛される鬼少女② (ページ36)

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願いはひとつ③ ページ36

「こんにちはー」

山の中にひとつだけあった小屋。

「…はい」

声をかけると小さな返事が返ってきて、
中から女の人が出てきた。

…文だ。

「あの、すみません。旅をしていて…少し休ませていただけませんか？」

「…あ、でも…」

「いいじゃないか。文」

私の声を聞いて来たのは正。

「そうよね。すみません…久々に誰かが来てくださったもので」

「いえ、私の方こそ突然すみません」

ふたりは私を家の中に入れてくれて、お茶も出してくれた。

「おふたりはご夫婦ですか？」

「はい。もう少しで子供も産まれます」

「それは、おめでとうございます」

久しぶりに見たふたりはやっぱり少し変わってた。
大人びてる。

「あ、自己紹介がまだでしたね。俺は正といいます。妻は文です」

「…私は幸といいます」

本名を名乗るわけにはいかないから
名字を使った。

「あの、幸さん。どこかでお会いしたことありますか？」

「え？」

「あ、いや。すみません…」

文にそう言われて戸惑った。
私の変化華もまだ完璧じゃないから…

「どこかで会ったことがあったような気がしまして…」

「…もしかしたら、会っていたのかもしれないですね」

長居するのも申し訳ないからもう出ることにした。
ふたりにお礼を言ってしばらく歩く。

「…あ。どっちに降りればいいんだっけ」

山の中って難しいよね。
…戻って聞こう。情けないけどすごく。

また戻ると外にふたりがいた。

「あの人、Aに似てる気がしたな」

「そうよねぇ」

声をかけようとしたけどやめて木に隠れる。
…聞き耳じゃナイヨ！

「…俺はまだ信じられない。Aは死んでないと思う」

「私もよ。だって、あの子だけ見てないもの」

たぶん、死んだ後のこと。
当たり前だけど私の亡骸はない。

「どこに行ったんだ…」

「会いたい、今すぐ会いたいのに」

そう言って悲しむふたりを見てしまった。
…ごめんね、本当にごめんね。

私はこの姿を見せることが出来ない。

「早く、忘れて…幸せになって」

ずっと長く日の当たる場所で生きていてほしい。
私の呟きは風に掻き消された。