第8章 錯迷の決断 01 ページ15
〜
「……あの、あの人」
「ん？」
私の声に反応したのは、背の高い方の人だった。
ただ、聞くだけ――なのに、すごく、緊張する。唾を呑み込んで、やっとのことで私は質問をすることができた。
「あの人……名前、なんて言うんですか」
「ああ、奥で弓引いてるやつ？」
「は、はい」
一瞬だけ。その答えには、一瞬だけ嫌な感じのものが含まれていた気がするけれど。
私は確かに、この時はじめて知ったのだ。
「影山、だよ。影山。――弓使い」
影山さんのことを。
〜
「…………」
「……何だよ」
「…………」
「言いたいことあるなら言え」
露骨に不機嫌なその表情に、私は「はああああああああ」となっがいため息をつく。
ムッとしたような影山さんは何か言い返そうとしたらしいけど、残念、私の方が早かった。
「何だよ、じゃないでしょ！」
「…………」
「わーっと勢いで出てっちゃって、しかも外は雨だし、音沙汰ないし、心配したんですからね！」
「…………」
「で、何か食べたんですか？」
「……食うには食った」
「ならいいです」
衣食住、何より食。まあそもそも食欲魔人の影山さんに、そこは心配するだけ無駄だろうとは思っていたけど、一応安心した。
影山さんがようやく姿を見せたのは昼間で。しかも全員がバラバラになっている時で、私が川で軽く手足を洗っていたら急にやってきたのだ。
何だか、影山さんとは川で会うことが多いような、……そうでないような。
みんな心配してるから今すぐ戻りましょう、とはすぐには言えなかった。私たちの中には、まだ、食い違う何かがある。
それを確かめたい。
「影山さんは」
「何だ」
「後悔してますか？」
何をだ――そんな返事が来ていたら、もしかしたら私は失望したのかもしれないけど。
でも、だって相手は影山さんなんだから、そんなことは決してない。
「後悔してるっつったら、」
彼はどこまでも青い空を見上げていた。もしかしたら、それは首が痛かっただけかもしれない。
「全部、戻ってくんのかよ」
「……そうですね」
水の底で揺らめいて見える自分の足が。もしかしたらそれは、今の自分の気持ちの表れだったのかもしれない。
もしかしたら――。
そう願っても、昨日は戻ってこない。
*
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作者名：スマトラ島のラフレシア | 作成日時：2016年9月18日 18時
