約束──32 ページ32
「……A様。一つ、契りでも交わしませんか」
「ん、あ、どーしたの？急に」
長谷部くんの意図を解りかねて、私はそう返す。
今日は太陽の光が私達を優しく包みこんでいるような、そんな天気。まさに昼寝日和、というやつで、私達はとある山へとやってきていた。
「俺はかなり前から考えてましたよ。いつか、Aさまと夫婦になれたら、って」
「はっ、えぁ、え？？？……め、おと？」
間抜けな声が口からこぼれ出る。
自分でも、顔が熱を帯びていくのがわかった。
嬉しい。
嬉しい。
きっと、いい旦那様になるのだろうな。
夕餉の支度はできてますよ、なんていって、きっと微笑んでくれるんだろうなぁ。
それで、一緒にご飯を食べて、美味しいねって笑い合うんだ。
幸せだろうなぁ……。
……でも、駄目だ。
私は、普通の人間とは違うのだから。
沈黙が、辺りを包みこんだ。
そんな私を見かねてか、彼は寂しそうに笑う。
「……『いつか』の話ですよ」
さ、そろそろいきましょう、とおもむろに立ち上がった長谷部くんの顔は見えなかったけれど、なんだか、すごく儚くて、いまにも消えてしまいそうな気がした。
私はそんな彼に何も言うことができなくて、そうだね、とだけ応えてそっと後ろをついて行った。
長谷部くんは、私が貴方と夫婦になるのを拒んでると思っているのだろうか?
「…好き。好きだよ」
この思いが届いているのか不安になって、思わずそんな言葉が口をついて出る。
「……俺も、好きですよ」
嗚呼、こんなときでも私が伝えられる言の葉は、「好き」しかない。
……駄目なんだ。
許されない、誰も幸せにならない言葉。
『愛してる』までいってしまえば、きっとこのまま一緒になんていられないから。
戻ってこられないところまで、一緒に堕ちてしまうから。
駄目なんだよ。
そうやってずっと俯いて歩いていたから、
長谷部くんのその表情にも、その握りしめられた拳にも、気づかなかったんだ。
(莫迦だな、俺は。後に俺が人ではないとわかれば、彼女が傷傷つくとわかっていたのに。……せめて、「好き」の関係でいたかったのに)
続く (更新停止中)
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作者名：茜月 | 作成日時：2022年4月8日 16時
