偽善者 ページ33
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うるさいくらいに暴れる心臓が痛い。
はやく、逃げなきゃ、そう思うのに。
目の前で困り顔をする智さんに強く抵抗できない。
優しい人だった、そう思うのが半分。
今度は何をされるかわからない、そう思うのが半分。
「A、俺と仲直りしてくれないのか？」
智さんの声は良く通って、こんな雨の中でもしっかりと耳に届く。
「別れるって…言った……」
「うん、聞いた。でも俺はいいなんて言ってないだろ」
腕をつかむ力が強くなる。
ギリギリと手首が締められるのに合わせて、喉が締められてるみたいに苦しくなる。
雨でぬれた髪がぺったりと首に絡みついて、このまま息が出来なくなるかもしれないと思った。
「俺のことが嫌いになったのか？」
少しだけ悲しそうに智さんが言った言葉に、素直にうなずくことが出来なかった。
すごくすごく、この人のことを好きだった自分を思い出してしまった。
この人が私の王子様だったんだって、ようやく思えた人だった。
だけど、すごくすごく好きだったから、もう一緒にはいられないと思った。
「……わたし、は……」
あなたのために、離れることにしたの。
そう答えようと思ったけど、脳内に浮かんだその言葉があまりにも嘘っぽくて口にする直前に飲み込んだ。
偽善者ぶってうそぶくみたいで、大嫌いなあの人にそっくりで、やっぱり私はあの人の子供なんだって悔しくなった。
「なに？ちゃんと言ってみ」
「………ごめん、なさ……」
ちゃんとわかってる。
私はただ、怖くて逃げだした。
傷つけるこの人から逃げて、いつでも両手を広げて待っていてくれる二宮さんのところへ。
それが一番楽だから。
それが一番落ち着くから。
二宮さんの口からきく甘い甘い言葉だけが、いつでも私をいやしてくれたから。
傷ついた自分を守ってくれる人のところへ、逃げ込んだだけ。
すっかり染みついた私の習慣。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年7月19日 17時
