捕まえた ページ32
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その連絡手段は鞄の中。
雨にぬれるのも気にせずに走っていたけれど、角を曲がったところで大きな声と一緒に腕をつかまれた。
「おいA！」
「いやっ、離して…！」
「離さねぇよ。勝手に出ていきやがって！」
鞄と傘が手から滑り落ちて音を立てる。
はずみで滑り出したスマホの画面は暗い空と同じ色をしていた。
「……ぁぁ、あ……」
「捕まえた」
ギリギリと締め付けられる手首が痛いと悲鳴を上げる。
二宮さんが巻いてくれた包帯はとっくに外されていて。
治ったからと包帯を外してくれた二宮さんがもうつぶすなよって笑いながら撫でてくれた手首に、二宮さんより黒くて太い手が巻き付く。
「なに逃げてんだよ」
「……さ、さとッ……さとし、さん……」
約ふたつき前、呼ぶのをやめた名前が口をついて出た。
震える声で呼んだ名前に、私をビルの壁に押さえつけた智さんは不機嫌そうに眉を顰める。
治ったはずの手首が、なぜだかひどく痛む気がして。
ぎゅうと手のひらを握りしめる。
「探したんだぞ、喧嘩したまんまだったから」
眉の間にしわを寄せたまま、智さんは声を和らげる。
「……やっと見つけた」
そういえば、智さんは心配してるときにこんな表情をする人だったなって、思い出した。
眉間にぎゅっとしわを寄せて、自分までつらそうな顔をして。
心配してくれていたんだ…って、思って、弾んだ息を必死に整える。
雨が、智さんの短い髪を解くようにぬらしていた。
「…俺が、悪かったよ。だからほら、帰ろう」
「………」
ふるふると、力なく首を振る。
もうこの人のところには帰れない。
「なんだ、まだ怒ってるのか？」
困ったみたいな顔をして、智さんが目を伏せる。
ちがうって言いたいのに、唇が震えてそれ以上言葉が紡げない。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年7月19日 17時
