甘く、沈む。《ars/k.n,s.s》 (ページ31)

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雨が降り出したのはやっと作業が終わると思い始めたころ。

パタリと弱い力で窓を叩いた雨はあっというまに数を増やしてすっかり本降りになってしまった。

天気予報のお兄さん、当たってた。

そんなことを思いながら作業を終わらせてパソコンの電源を落とす。

凝り固まった肩をほぐすようにぐるりと回して、それから急いで事務所を出た。

雨模様の空を映していつもより暗いエレベーターホールからエレベーターに乗って、スマホを開く。

『今終わりました。これから向かいますね』

『了解。場所わかる？』

『たぶん』

『どこかまで迎えに行こうか』

『でも雨降ってますし。わかんなかったら電話します』

『そう。了解。気を付けて来いよ』

『はーい』

黄色っぽいクリーム色の折り畳み傘をさして歩き始める。

本降りにはなってるけど土砂降りにはなってない雨は騒がしく傘を叩いた。

街行く名前も知らない人たちは一様に傘をさしてまるで世界を避けるみたいに顔を隠して通り過ぎていく。

これじゃあ誰に会ってもわかんないなって思いながら青信号を渡り始めようとしたそのとき。

「！」

群衆の中に、私はその人の姿を見つけた。

青っぽいネイビーの傘をさして下を向いていたその人は信号につられるように顔を上げる。

目が、合ったのが分かった。

「っ！」

咄嗟に身体を翻す。

ほんのふた月ほど前に私は全く同じことをしなかっただろうか。

前回と違うことは私がお酒に沈んでないことと、確実に目が合ったこと。

彼が動き出したかどうかも確認しないまま走り出して、逃げるように路地に入り込む。

雨の街の路地は薄暗くて寒い。

そういえば今年の梅雨は例年より寒いって天気予報のお兄さんが言ってたなって思い出した。

もうしばらくお日様を見てなくて、洗濯物は部屋干ししてばっかりだから二宮さんと同じ柔軟剤を使い始めた。

相変わらず会えないけど連絡を取ってる櫻井さんにそんな話をしたら、奇遇だねって同じ柔軟剤を使ってることを教えてくれた。

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