なにも知らない ページ22
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あの日の、妙に様子のおかしかった二宮さんを思い出す。
あの人はひょうひょうとしていて慇懃無礼で、誰相手にも適当に受け流して上手くやるタイプの人だ。
なのにあの日はそうじゃなくて、なんだか機嫌悪そうに地面を見つめてて。
なにがとははっきり言えないけど、何かがおかしかった。
聞いてはいけないと、第六感が警鐘を鳴らす。
「……どうして、ですか」
だけど私の口からはそんな言葉が滑り出た。
甘ったるいカフェオレが喉の奥でもやもやしてるみたいで、それを一緒に吐き出したかったけど聞こえてきたのは固い私の声だけだった。
「今の僕には何も言えない。だけど、なにもしないわけにはいかなかった。君には迷惑なことかもしれないけどね。ただ、これだけはわかってほしい。僕は君を守ってあげたいんだよ」
まるでなにかのセリフのように、だけど真剣な目で櫻井さんは一言一言確かめるみたいに言葉を紡ぐ。
整った顔立ちと相まって作り物みたいに聞こえる言葉たちが私の耳に届く。
「……櫻井さんは、なにを知ってるんですか？」
なんとなく、そう聞くのが正解だと思った。
櫻井さんは飲みかけのココアの水面を見つめて、長い指で側面についた雫を拭った。
「………そうだな……たぶん、なにも知らないんだよ」
ぽつりと落とされた言葉はどこかさみしげだった。
それ以上言い募ることが出来なくて、私は机の上に所在なさげに置かれたカプセルに目を移す。
櫻井さんがそれを私の方へと押し出した。
「とりあえず受け取るだけでいい。常に持ってるだけでいいから。ただ、なんか最近なにかがおかしいなって思ったら、これを飲んで。そして、俺に連絡して」
今度は作り物みたいに聞こえなかったのはなんでだろう。
櫻井さんの口が作る「俺」という一人称が人間っぽく聞こえるからだろうか。
こっちが彼の素なのかもしれないなと思う。
「わかりました」
櫻井さんが悪い人には思えないって言うのは、二宮さんが聞いたら「おまえバカなの」とか言われるだろうか。
それはそれでいつもの二宮さんっぽくていいかもしれない、と思うことにした。
受け取ったカプセルの袋を鞄にしまう。
「あ、雨降ってきちゃったね」
外に視線をやった櫻井さんがまたぽつりと言った。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年7月19日 17時
