零 ページ3
教室では一日コソコソ話は続いた。
放課後になって、日直だったことを思いだした俺は一緒に帰ろうと誘ってきた幼馴染の誘いを断り、
日誌を慌てて記入した。
別に大した用事もなかったのに、一緒に帰る約束も断ったのにあんなに焦っていたのは、
教室に彼女がいたからであろう。
「あっ」
指の先に消しゴムが当たり、彼女の足元まで転がり落ちる。
消しゴムの存在に気付くと、彼女はその白い手で拾い上げ、
「はい」
と俺の机に丁寧に置いた。
「どうも……」
顔を直接見れなくて、小さな声でぼそぼそとお礼を言った。
「どういたしまして」
綺麗に澄んだ声。
でもその中に感情はなかった。
「……お前さ」
彼女が席に戻ろうとしたところをわざわざ引き止める。
「なんでしょうか」
「嫌じゃねえの？……あぁいうの」
少し遠まわしな言い方過ぎただろうか。
彼女はきょとんとした顔で
「あぁいうの、とは？」
と尋ね返してきた。
「だからさぁ……コソコソ話されたりだとかさぁ……嫌じゃねえのって」
それでも彼女は理解していないようだった。
「コソコソ話……されてたんですか？」
「俺はしてねえけどさ……されてたから、いいのかなって」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
彼女はどうなんでしょう、と意味深な言葉を残したまま、机の上にあったカバンを持って教室を出てしまった。
「あ……」
「ひーさーめっ、日直の仕事、終わった？」
幼馴染の千鶴がひょっこりと彼女が出て行った扉から顔を出す。
「千鶴……？お前帰ったんじゃねえの……」
「日直の仕事くらい待つよ。それより、終わったんなら帰ろ？」
「え？あ、あぁ……」
千鶴に腕を引っ張られるがまま、俺は教室を出た。
「そういえば、さっき女の子とすれ違ったけどあの子が噂の転校生？」
「あぁ、そうだけど」
「あの子、名前、なんていうの？」
「零、桜庭零」
彼女の名前を口にすると不思議と心に残る。
「ふぅん、零ちゃんって言うんだ」
千鶴は少し間を置くと、
「綺麗な子だったね」
と少し落ち着いたトーンで言った。
「あぁ……そうだろ」
少し、上から目線になってしまった。
千鶴は何も言わなかった。
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作者名：akka | 作成日時：2015年3月21日 11時
