第五百四十三話 空を仰ぐ ページ39
____元の現実を選んで欲しい。
本当に彼女にとって酷なことを言おうとしている、と心の中で踏みとどまってしまった。こういう中途半端なところは自分の弱さだと行き場のない拳をぎゅっと握った。
「真実、掴みにいこうよ。一緒に」
「しん、じつ…」
「私たち、待ってるから」
自然と下を向きそうになる顔をぐぐっとあげて、歩みを進める。秋葉原の人々のざわめきを掻き分け、Aは駅へと向かう。背中に双葉たちの視線が突き刺さる。だが、進み続けた。
___私はこんなところで止まってなんていられないから。
◇◇◇
「今日みたいな穏やかな休日が訪れるとはな。去年からは想像もつかなかったよ」
「私も。こうしてお父様とゆっくり過ごせて嬉しい」
吉祥寺。Aも以前利用したことのあるカフェの前で彼女らは楽しそうに話をしていた。父と娘の団欒。初めて見る、父だけに見せる彼女の笑顔。これが最後だ。これは必要な行動だ。そう頭ではわかっていても、その笑顔を見ると揺らいでしまう心がある。
「奥村社長、春、こんにちは」
「おや、誰かと思えば秋瀬さんのところのAちゃんじゃないか。私たちが会うのは本当に久しぶりだね。覚えているかい?」
「はい。お会いしたのは昔ですが、はっきりと覚えています」
「はは、そうかそうか。まあ私は、春から君について色々と聞いていたから『久しぶり』という感覚は薄いがね」
「お、お父様…!色々って…!」
「実際そうだろう?」
父にからかわれ、春は顔を真っ赤にする。その白い肌や服装も相まって、彼女の赤らみが強調されていた。
___こんな春を見れることは、もうないんだろうな。
彼女の態度は仲間の前と家族の前とでは、やはり何かが違っていて。彼女が見せる笑顔も、雰囲気も、話し方も。どこか知らない誰かのように感じてしまう。彼女の姿からは今まで包み隠してきたであろう本音を感じる。父と和解して、一緒に過ごしたいという願い。それが具現化した世界は彼女にとって、とても優しいものだろう。
「ん?どうしたの、A」
「ちょっと待ってね。本当に少しだけ」
空を仰いだ。青空が綺麗。なんてことを呑気に考える余裕なんてなく、目から流れそうになる涙を抑えることで精一杯だった。
___私は正しいと思ったことを貫くんだ。
痕ができてしまうことも気にせずに勢いよく袖で涙を拭う。そして、その瞳で春の丸く大きな瞳をがっちりと掴んだ。
「春は自由だよ」
「え?」
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すみれ(プロフ) - すしをさん» いつも本当にありがとうございます🥹なんて素敵な自分ルールなのでしょう。すしをさんに早く見ていただけるように更新頑張りますね!いつもコメントに元気貰ってます。またいつでも優しいお言葉をお待ちしています🥰 (2月18日 21時) (レス) id: 945d36a3b1 (このIDを非表示/違反報告)
すしを(プロフ) - 三学期だ〜!!すみれさんのお話は少し間を空けてから一気見するという自分ルールに縛られ(?)中々最後まで見られていませんでしたが、やはり素敵だ…。無理のない範囲での更新心よりお待ちしております (2月18日 1時) (レス) id: 83df5084ef (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:すみれ | 作成日時:2024年1月10日 17時