不知火《下》 ページ3
「っ敦!!!」
引き止めたい一心で、生きてほしい本音で、諦めないでほしい想いで、芥川は思わず本名を──彼の名を叫んだ。
それに一瞬敦は目を見開き、それから柔らかく笑った。夕焼けの瞳から大粒の涙が溢れる。
「ごめ、んな……本当、に、ごめん」
「云うな!!よせ、まだ助かる……!!」
異能で敦を引き寄せようとするが、心身共に消耗した状態では敦の所まで届かなかった。
「さよなら。──僕の事は、忘れていいから」
「……っ!!」
涙を流しながら、それでも穏やかに微笑んで云う敦に、芥川が目を見開いた。
太宰が「危ない!」と叫び、襟首を掴んで芥川を後ろへ引っ張り、操縦士が慌ててヘリコプターを船から離した直後。
大きな爆発が起こり、船が完全に炎に包まれた。
「嘘だろ……」
燃え盛る客船を瞳に映し、中也が呆然と呟く。太宰は芥川の襟首から手を離し、黙って敦が助け出した幼子を座席に寝かせた。
首元が解放された芥川は呆然としたまま縁に寄り、下を覗き込んだ。炎の中に取り残された片割れを捜し求めて、視線を彷徨わせる。
再び、大きな爆発。様々なものが飛び散り、燃える火種はいっそ幻想的に海へと落ちる。
──海へと投げ飛ばされたものの中に、見慣れた白銀を見つけて。
「……っ!!あれ敦じゃねぇか⁉」
「っ国木田君!敦君が海に落ちた!救助に向かってくれ!!」
中也が海を覗き込んで声を上げ、太宰が通信機に向かって声を張る。
芥川は、ただ海へと落ちていく自分の半身に、届かないと知っていて尚手を伸ばした。
「──っ!!」
声にならない叫び声を上げる。
伸ばした手は届かない。己の無力さを嘲笑うように、目の先で彼が落ちていく。
大切な存在が海へとその身を消した。求めていた姿が、深く沈み込んでいく。
「──っっ!!!」
自分の叫び声が、何処か遠くで響いているように聞こえた。
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作者名:通りすがりの腐女子B | 作成日時:2019年10月10日 1時