とある上司の物語 01-11 ページ12
『あの時だけじゃない。俺は今まで、お前にそういうのは言ったことがない』
「口にしなくたって、しおりちゃんの顔にはいつも書いてあるよ。
僕のことが好きで好きでどうしようもないって」
『おい、思い上がるのも大概にしろ』
宮園は麻生の手から端末を取り上げる。
上目使いに見つめてくる瞳を負けじと睨み返した。
『俺はお前のことを、もう、どうとも思っていない』
嘘だ、覆い隠した心の底で閉じ込めた記憶が声を上げる。
それをどうにか根性で押し戻した。
ここが正念場だ。揺らぐわけにはいかない。
『別にお前でなくとも構わないんだ』
その場の勢いで麻生と関係を持つこともあるが、別に麻生でないといけないわけではない。
どちらかというと男のほうが好きだが――というか、
すっかりそっちに目覚めてしまって男以外と寝ることはないのだが、
守備範囲は広いためその気になれば相手に困ることはなかった。
だからこの五年のぐずぐずの関係は、特別な感情を伴うものではない。
宮園は出来る限り感情を殺して、言い放つ。
理想なんてものは胸に抱くだけ無駄だ。
どれだけ望んだって、本当に欲しいものは何一つ手に入らない。
痛いぐらいにわかっているから、もう放っておいて欲しかった。
麻生は宮園の言葉を無言で聞いていた。
やがてため息とともに宮園が閉口すると、目の前にある眉が片方だけ器用に上がる。
「それだけ？」
静かな問いかけだった。
「しおりちゃんが淫乱だなんてことは、今更改めて言われなくても前から知ってるんだけど」
『……っ』
「別に誰に跨ってても構わないし、好きにしたらいいんじゃないかな？
さっきのことを気にして別れ話をもう一回しようと思ってるなら、大丈夫だよ。
あれは冗談だし、本当は僕だって君のこと、もうなんとも思ってない」
麻生の焦げ茶色をした瞳は宮園を射抜く。
「君のことを愛してたのは過去の話だから。
あんな馬鹿げたことをやり直す気なんて、本当はさらさらないよ」
呼吸が詰まる。
何も感じなくなったと思っていた心が、くしゃりと潰れるような気がした。
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作者名：茄恋 | 作成日時：2017年12月21日 0時
