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「それと、四季のことも宜しくお願いします」
「いえ!よくしてもらってるのは私の方で」
「あの子はちょっと、突っ走るところがあるから……何かやらかしそうなときは外科病棟まで告げ口に来て下さい」
私は「分かりました」と笑いながら答え、先生に深くお辞儀をした。
────病院の外に1歩出た私は、思わず目を閉じて深呼吸をする。
久しぶりに感じる外の空気。
耳の横を通り抜ける風の音や、若い匂いを含んだ緑の香り。
目を開けて映るのは、午前中なのにもう慌ただしい気配を漂わせている都会の街並み。
全てが、自由だと思った。
別に縛り付けられていたわけではないけど、この数週間ずっと、足元に何かまとわりついてる感じだった。
駆け出そうとする度、足が絡まって上手く走れないもどかしさ。
それが今、微かな風にさえ背中を押されている気がする。
私は顔を上げ足を踏み出した。
乗車待ちのタクシーの1台に乗り込み、行き先を告げる。
もちろん自宅……の、前に
「文房具を取り扱ってるお店があれば寄って頂いても良いですか?」
「文房具……あ、すぐそこにハンズありますけど」
「じゃあそこに!」
必要なものを買い込んだ私は自宅に戻り、部屋の全ての窓を開け放った。
バスタブにお湯を張り、その間に荷物をといてベランダに出る。
四季に水やりをお願いしていた椿は、相変わらず蕾のまま。
「……私の不運を吸い取ってるの?」
そうとしか思えないくらい成長が遅い。
「頑張って咲いてね」
いつものように葉を撫でてから、私は久しぶりに自宅のバスルームでゆっくりとした時間を過ごした。
お風呂を出たら、夕方まで私は“思い出す作業”をする。
隆二さんとの思い出を、部屋の隅でほこりを被っている読みかけの本にはしたくない。
登場人物は、隆二さんと私。
一文字だって、忘れたくない。
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作者名:ぽち。 | 作成日時:2018年5月23日 18時