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オト ページ50
嫌な予感がした。
青いヘッドフォンはメッキが剥がれかけていて、コードも少し歪んでいる。緊張と少しの絶望によって震える手で側面を正面に来るようにした時、絶句した。
そこには、わざと傷を作って名前が刻まれていた。『オト』と少し深く掘られている名前は、前の世界にいた数少ない友達のもの。酷く暗い世界に閉ざされていると思っていたのに、あの二人の前だけは『私』でいられた大切な人。
嫌な予感は見事的中してしまった。この部屋は、音のものだったんだ。
「音……!」
酷くかすれた声が出たのに、語尾につれて声量が小さくなる。訳が分からなかった。すっかり混乱した頭では上手く状況整理が出来ない。
音がこの世界にいる?そんなわけない。いや、断言はできない。でも何故こんな場所にヘッドフォンが置いてあるのか。少なくともこのヘッドフォンや名前が偶然なわけがない。メーカーも覚えているし、間違いなくこの場所に音は名前を彫っていた。この目で見たのだから間違いない。今でも脳裏に映っている。
忘れもしない。
音はこの部屋にはいない筈。綺麗好きの音がこんな荒れ果てたようなシェルターに等しい場所にいたら気が狂うのは明白。これだけは確信できた。
震える手でヘッドフォンを握った。もう血なんて怖くない。ひとまず、武装探偵社へ帰らなくては。帰って社長と話そう。ぐるぐる回る頭でそんなことを考えて歯を食いしばる。
一刻も早く音を見つけなければ。もしかしたら果奈も来ているのかもしれない。
見付け出して、言わなくては。忘れかけていることも。忘れていないことも。忘れられないことも。
最早一刻の猶予も無い。今すぐにでも泣きわめきたいが、そんなことをして何になる。早まる鼓動と固まる表情筋を振り払うように口をゆっくり動かす。
「待ってて」
涙が零れていたかもしれないが、そんなこと気にもならなかった。
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作者名:赤菊 藍 | 作成日時:2017年9月19日 17時