拾肆 ページ16
「えー、Aさんもう帰っちゃうんですか?」
木漏れ日の入り込むお屋敷の一室は、心地よい温かさで満たされている。
私はその温もりに浸るような気持ちのまま、向かいに座って残念そうな声を上げた少年の頭を優しく撫でた。
『ええ、今日の夕方には発つつもりよ。だから小鉄くんとお話できるのも、あと数刻かしらね』
「ちぇ、せっかく久しぶりに会えたのに」
小鉄くんは、この里の子供の中でも私に一番懐いてくれている男の子だ。初めて出会ったのは彼がまだ5歳の頃、刃こぼれした刀の修繕のために里を訪れたことがきっかけだった。
あの頃はまだまだ泣き虫の子供だったのに、今ではすっかり大きくなって口も達者になったものだから色々と感慨深い。
今回の湯治はいつもより滞在期間が少なかった上に、予想外の縁談話のおかげで気を張っていることが多かったため、小鉄くんと話した時間も必然的に短くなってしまっていた。
「それにしても聞きましたよ、鋼鐵塚さんとの縁談話!Aさんは請けるつもりなんですか?」
小鉄くんは大人しく頭を撫でられながら、不満そうな態度で私にそう問いかけてきた。
彼にまでこの話が回ってきているとは、里の人達にとってもかなり物珍しい話題なのだろう。なんて、これは私の勝手な憶測に過ぎないのだが。
『……いいえ、今のところその気はないわ。向こうも乗り気じゃないみたいだし、断るには困らなくて大丈夫そうだから』
私は小鉄くんの問いかけに答えながら、数日前の夜の出来事を思い出す。
あれから鋼鐵塚さんとは一度も顔を合わせていないが、私の言った通り縁談についてちゃんと考えてくれているのだろうか。
「それが良いですよ!だいたい、あんな子供みたいな人にAさんのような優しい人を嫁がせるなんて、もったいない話だと思ったんです」
『でも、鋼鐵塚さんからしてみれば私の方が子供でしょう?……実際、そう思われているみたいだし』
「いやいや、自分のことを棚に上げている時点で十分子供なんですよ。歳はともかく、精神的にみたらAさんとは比べ物にならないと思います」
可愛いお面をしながらも息を吐くように辛辣な言葉を並べる小鉄くんにはたまに驚かされるが、今日はいつにも増してその言葉に磨きがかかっているように感じた。
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雨と雫(プロフ) - あゝもう文才が神ですね!?更新頑張ってください!個人的に夢主ちゃん可愛いな (7月1日 19時) (レス) @page6 id: 312a1378ed (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:瀛 | 作成日時:2023年7月1日 16時