ふわっと香って【斉藤壮馬】

episode１０ ページ11

*１０*


それから数日、彼氏とは連絡が取れないまま、私は芸能ニュースをこまめにチェックしていた。

《声優・斉藤壮馬 体調不良》といった記事が出ていないことを祈って。

ただ、事が起きてしまってからでは遅いのだ。




――警察に相談する？




警察から壮馬くんの事務所に連絡がいき、おおごとになり、壮馬くんの立場が悪くなるのは嫌だった。




それから一週間ほどたったある日、母親から電話がきた。




母『婚約取りやめたって本当なの？』

「え？」

母『けんかでもしたの？ 本当に結婚やめるの？』

「あー、えっと、……うん」

母『どうしてそんな大事なことを早く言わないの。急に聞かされて驚いたんだから。結納(ゆいのう)を予定してた料亭のキャンセル料、あちらが出してくれると言ってひいてくれないのよ』




いちど実家に帰ってきて、ちゃんと説明しなさいと言われ、電話を切った。

けれども切る間際に、「大丈夫なの？」と心配してくれた。




それから少しして、彼氏から連絡があり、近くのカフェに呼び出された。




彼氏「なんか様子がおかしいなと、ずっと思ってたんだ。だからって、素行調査なんか依頼して悪かった」

「ううん」

彼氏「それから、カッとなってあんなこと言ったけど、女に振られたくらいで犯罪者にはなりたくないから……、あいつになにかしたりはしないよ。テレビとかであいつの声聞いたら、むかついて仕方ないだろうけど。でも、それがどうでもよくなるような、新しい出会いが、俺にだっていつかあると希望を持つよ」

「ごめんなさい」

彼氏「今話したことと同じ内容を手紙にして、あいつの事務所に送った。ずっと怖い思いさせるのも犯罪だと思ったから。ファンレターに混ざって、そんな手紙が届くのも気持ち悪いだろうけどさ」




こうして彼氏と別れて、壮馬くんの無事も約束されたけれど、だからといって、壮馬くんの胸にとびこむわけにはいかないと思った。

こんなふうに誰かを傷つけて、幸せになろうなんて思えない。

いつか壮馬くんも、電話で花江さんにそんなことを話してたな。

私は、壮馬くんの連絡先を消去した。




婚約者を失い、好きな人を失い、そして、気づいたときには壮馬くんとおそろいのしおりもなくなっていた。

仕事では、グルメ・料理部門への異動願いを出し、壮馬くんと仕事で一緒になることをさけた。

episode１１（最終話）→←episode９

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す