キミのその手を その声を 【9】

アウト ページ13

「だって、ニカが着てていいって言ったんじゃん。」


いくらお風呂上りとはいえ、まだ夜は肌寒い。

言い返してはみたものの、素肌の腕は、やっぱり寒そうで、渋々を装って立ち上がる。


「……仕方ないなぁ。
着替えて来るから。髪の毛、乾かしなよ？」

「あー……、うん。」


水分を含んで、いつもよりも暗い色に見えるニカの髪に触れて、寝室に向かう。


…………セーフ。


パーカーの下のダッサイTシャツを着替える為のラストチャンス到来。

リビングとを仕切る磨りガラスの引き戸を閉めて、クローゼットを開ける。

いつもの自分のパーカーと、それなりのTシャツを取り出してベッドの上に並べた。

少しだけ名残惜しく、パーカーの袖から腕を引き出すと、柔軟剤の香りとニカの匂いがした。


また、コッソリ借りようかな……。


なんて心の奥で思った。


「ヤバイヤバイ……。」


視界の片隅の鏡に、ダッサイTシャツをスカートのウエストに、ガッツリｉｎしている自分が見えて、さすがに焦る。


これは、見られたらダメなヤツ。


慌ててTシャツの裾を引っ張り出していると、磨りガラスの向こうからニカの声が私を呼んだ。


「Aちゃん。」

「なっ？！なに？」


裏返りそうな声で返事をして、しわくちゃな裾を両手で持って勢いよくTシャツを脱いで、クローゼットに投げ込むように入れて扉を閉める。


それなりのTシャツを掴んで、広げた瞬間。



磨りガラスの向こうが、

オレンジ色の柔らかな光に変わった。



「え……、ニカ？」



それは、いつもの間接照明のオレンジ色。


柔らかで、穏やかな、優しい色。



Tシャツを持つ手が止まって、起ころうとしている展開に神経を澄ます。


「なに？ねぇ、ニカ？」


答えてくれないニカに、少しの苛立ちと不安を覚えて、Tシャツの袖に片手を入れながら、磨りガラスの向こうに視線を向ける。


ゆっくりと近づくニカのシルエット。


細いのに四角い肩が磨りガラスに滲むように見えて、その腕が引き戸を開ける。


「えっ？！ちょっ！ちょっと。」


慌ててニカの視界から逃げるように背を向けて、片腕だけ袖に通したTシャツを抱きしめる。




「開けない……で、よ……。」




私の抗議の声は、途切れて、小さくなっていく。




途切れた言葉は、ニカの長い腕に抱きしめられて、寝室の空気に溶けて消えた。




背中に感じる鼓動。


触れ合う素肌。


直接触れる温度。




完全にアウト。




もう、逃げられない。

.

主導権→←キミの名前

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す