キミのその手を その声を 【6】

日常、時々、非日常 ページ36

鏡の前に並んで歯磨きをするのは３度目。


………たぶん。


歯ブラシを咥えるニカを鏡越しに見つめながら、思い起こしていると、うっかり目が合ってしまう。



「見すぎ。」


「自意識過剰。」


「いやっ！絶対に見てた！」


「やめてっ、歯磨き粉飛んできた−。」



まるで兄弟げんかみたいなやりとりを鏡に映しながら、歯を磨く。



こんな日常が好き。



歯ブラシを左手に持ち替えると、壁により掛かって歯を磨くニカのダラリと空いている左手に、そっと自分の右手を絡ませた。



日常の中に、混ぜ込む、非日常。



ニカを見ないで、鏡越しにも見たりしないで。
何も言わずに、指を絡ませる。



シャカシャカと歯ブラシがこすれる音だけがして、鏡に映る自分の頬がほんの少し赤い気がした。


絡めたニカの親指が、スーッと滑るように爪先へと私の親指を撫でて、それから、キュッと指先に力を入れた。


ニカも私を見ることなんてなくて、鏡越しにも目を合わせたりしない。





ただ、一言、





「甘えんぼ。」





そう言った。





その声は、どこにも子供っぽさなんて感じない、男の人の声で胸の奥がギュッとなる。

恥ずかしくなって絡めた指先を解こうとしても、今度は、ニカの指先が私に絡んで離れない。



「ﾌﾌﾌｯ 逃げられません！」



今度は、いじめっ子のニカがそう言って、私の顔を覗き込むように、可笑しそうに笑った。



「もう、口を濯ぐのっ！」



赤い頬で説得力なく言い返すと、「はいはい」って、小馬鹿にした返事をしながら私の右手を解放してくれた。



口を濯いで、水を止める。



何気なく顔を上げた鏡の向こうで、ニカが洗面所の外へ視線を向けていた。



その先にあるのは、サービスルームのドアで、その表情は、どこか睨んでいるようにも見えた。

タシカナモノ→←時を進める

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す