キミのその手を その声を 【2】

忘れられない過去 ページ6

「A？」



黙り込んだ私に、真紀がそっと呼び掛ける。



「あ……ごめん。」


「松本さんのこと、引きずってる？」



久しぶりに聞く名前。

それだけのことに、指先が震えだすから、自分で自分の手を握りしめた。



「ごめんね。
嫌なこと思い出させてるかもしれないね…。
でもね、私、Aには、幸せになってほしくて。」



真紀は、本気で私のことを思ってくれてる。

そう思うと、涙が出るほど嬉しい。



「ありがとう…。」



それだけ言うのが精一杯。



「Aのせいじゃないよ。松本さんとのお別れは。」



本当に？



慰めてくれる真紀の言葉まで疑うほど、その終わりは、私の中で黒い渦となる。








残業続きで、何週間もすれ違いが続いた。

お互い忙しくて、連絡もろくに取れなくて。

会えずにいた。



会わなくても大丈夫だと、それまで過ごしてきた二人の時間に甘えた。


お互いのこと、心の中まで、わかっている気になって。



気が付けば手遅れ。



やっと、時間がとれたのは、最後に会った日から２ヶ月が経とうとしていた。



仕事帰りに、彼の部屋に向かった。



まだ、彼の帰宅しない部屋に、合鍵で入ると、今までは感じたことのない違和感。



誰もいないのに、私以外の影がそこにはあった。




一緒に住もうねって、言ったよね？

夏は、沖縄に行こうって、言ったよね？




私のこと、大切にするって、言ったよね？




居心地の悪い彼の部屋で、ソファーの指定席に座り、渦巻く疑心を抱えて、彼を待つ時間は、地獄だった。



帰宅した彼が、私を見つけた時の顔。


忘れられない。


すごく悲しい、困った顔。



そして、告げられた、残酷な事実。



「ごめん……別れて。」


「なんで？」



嫌だと断るより先に、理由を知りたい。



「もう……、Aと付き合う資格、ないから。」


「だから、どうして？」



一語一句、忘れることのできない、彼との会話。


私から目をそらし、この部屋の違和感の正体を明かす。





「オレ………浮気した。」





音も立てず、流れた涙が足元に落ちる。

知ってしまった事実。

それでも、彼が『浮気』という言葉を使ったことに、わずかな希望を持った。



私が彼を許せれば、別れなくていいの？



そんな、わずかな望みをも打ち砕く、最後の言葉が私の心を踏みつけた。





「彼女………妊娠したんだ。」





真紀が私を呼ぶ声で我にかえると、あの日のように、涙がこぼれた。

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