◆夕闇に滲む恋情。 ページ9
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隊士時代に煉獄に教えてもらった小料理屋のカツ丼がたまに食べたくなる。
現役の頃は大盛で3杯ほどは余裕だったのに、今では1杯が限界だ。
一年前まではここも明け方まで営業していて、隊士たちで賑わっていたものだが、鬼が居なくなった今では、夜になって人気が無くなると、女将は店を閉めるようになった。
長い冬を終えて、日脚が伸びる季節。
店を出て、蒼い空の向こうで橙色が滲む景色を見ていると、向かいの呉服屋から出てきた若い女性の姿にその光が重なった。
店先の看板を畳んだ彼女は、頭に刺した簪を抜き取って長い髪を解いた。
見計らったかのように撫でる風が、その髪をさらさらと揺らしたのがなんとも印象的で、俺は吸い込まれるようにその姿を見つめていた。
「あら、菱江屋さん、珍しくこの時間までやっていたのね。」
暖簾を下げに外に出てきた女将の目線の先には、先程まで見ていた女性の姿があった。
「実弥くんと変わらない年頃の女の子よ。
若いのに器量も良くてね。菱江屋さんの仕立てた服は
一等品よ?」
「へェ…」
髪の毛をかき上げてパタパタと店に入って行く姿を見つめていると、俺の視線が彼女に向いているのに気づいた女将が、ふふっと笑った。
「実弥くんもそんな
「あ…いや…別にィ…」
無意識に見せた表情がどんなものだったのかは分からないが、俺の心の内を映していたらしく、下手な誤魔化しは不要だった。
「今度お店に顔を出してみたら?」
「そっスね、機会があれば…」
照れ臭い気持ちが拭えず、ぶっきらぼうに答えた俺だったが、きっと近いうちに足を運ぶのだろう。
仲良くしてあげてね、と俺の背を叩いた女将は、母親のような優しい顔をしていた。
─菱江屋の娘。
街の小さな呉服屋で働く、器量の良い小柄な女性。
それ以外に知っていることはない。
今までに女性は何度も助けてきたし、その中に自分と同じ年頃の女性なんて何人もいた。
それなのに何故、あの一瞬でこんなにも心奪われているのだろう。
触れたら消えてなくなりそうなほど儚い雰囲気が、沈む夕陽に溶け込んだあの瞬間、今まで感じたことのない恋情が湧き上がるのが分かった。
名前も知らない女性の過去など知らずに───
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羽糸(プロフ) - 金平糖さん» コメントありがとうございます!!他の作品も読んで頂いているんですね!嬉しいです。これからももっと楽しんで頂けるように頑張ります!! (2021年11月9日 18時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
羽糸(プロフ) - ひよさん» そんな風に言ってくれるあなたを私は尊敬しています。コメント力が高すぎて何て返そうか悩んだけど、シンプルに、その感想が嬉しいです。読んでくれてありがとう!! (2021年11月9日 18時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
金平糖 - 完結おめでとうございます🎊私、涙脆いので目から滝が流れてくるように泣きました。他の作品も読ませて頂いてるのですが、全て私好みの作品です。本当に完結おめでとうございます!!! (2021年11月7日 18時) (レス) id: 63ca64d519 (このIDを非表示/違反報告)
ひよ(プロフ) - 完結まで本当にお疲れ様でした。原作の実弥さんならこう言うだろう、こうするだろう、と強く頷きながら読みました。どんなにしんどい内容でも、文章の紡ぎ方と言葉の選び方で昇華させるあなたを尊敬しています。読ませてくれてありがとう! (2021年11月7日 11時) (レス) id: a2712468ed (このIDを非表示/違反報告)
羽糸(プロフ) - 衣世さん» 衣世さん、はじめまして!コメントありがとうございます。書いている私も胸が痛めつつ書いてます(笑)この後は完結まで一気に仕上げた後で公開予定です。もう少しだけお付き合いくださいませ☺️ (2021年11月6日 10時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:羽糸 | 作成日時:2021年10月24日 0時