旅立ち前夜。 ページ19
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その日はお店を開けなかった。
少しずつ、減らした仕立ての予約は全て、斜線で埋まった。
余った布も糸も全て捨てた。
ここはもう、ただの
実弥さんのところへ持っていく荷物はない。
「迎えに行けなくて悪ィ。」
眠そうに目を擦りながら、玄関の戸を開けた実弥さんは、思ってたより元気そうだった。
庭先のヤマユリの蕾はまだ固く口を閉じていた。
『やっぱり、間に合いませんでしたね。』
「あァ…楽しみに、してたんだけどなァ。」
仕方ない、という言葉をお互い口には出さなかった。
力なく笑った実弥さんの唇に、そっと口付けをした。
面を食らう実弥さんの瞳には少し曇りが見えて、申し訳なさそうに握られた手を、私は強く握り返した。
『出来ることなら、実弥さんを失いたくないと、
今でも足掻きたくなります。』
「それは、俺だって…」
口籠る実弥さんに、私は抱きついた。
新緑にも似た、初夏の風の匂い。
ずっと感じていられるのなら、それ以外はいくらだって捨てられるのに。
『実弥さん、私……
見上げた先で揺れる瞳は、私を映した。
「A………」
ゆっくりと再び重なった唇に、出会ってから今まで貰った全ての幸せを乗せた。
抱いて欲しいなんて言葉は要らなかった。
全てを悟った私たちに残された最後の夜は、抱きしめ合って、笑い合うようなフリでは済まないことくらい、お互い分かっていた。
優しく出来ない指先も、全てを
『実弥さん、最後にお願いを聞いてくれますか?』
「あァ、何でも言ってくれ。」
実弥さんなら、そう言ってくれると思ってた。
『…愛しているから、
実弥さんの手で───してくれますか。』
理不尽で、残酷なお願いをした。
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羽糸(プロフ) - 金平糖さん» コメントありがとうございます!!他の作品も読んで頂いているんですね!嬉しいです。これからももっと楽しんで頂けるように頑張ります!! (2021年11月9日 18時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
羽糸(プロフ) - ひよさん» そんな風に言ってくれるあなたを私は尊敬しています。コメント力が高すぎて何て返そうか悩んだけど、シンプルに、その感想が嬉しいです。読んでくれてありがとう!! (2021年11月9日 18時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
金平糖 - 完結おめでとうございます🎊私、涙脆いので目から滝が流れてくるように泣きました。他の作品も読ませて頂いてるのですが、全て私好みの作品です。本当に完結おめでとうございます!!! (2021年11月7日 18時) (レス) id: 63ca64d519 (このIDを非表示/違反報告)
ひよ(プロフ) - 完結まで本当にお疲れ様でした。原作の実弥さんならこう言うだろう、こうするだろう、と強く頷きながら読みました。どんなにしんどい内容でも、文章の紡ぎ方と言葉の選び方で昇華させるあなたを尊敬しています。読ませてくれてありがとう! (2021年11月7日 11時) (レス) id: a2712468ed (このIDを非表示/違反報告)
羽糸(プロフ) - 衣世さん» 衣世さん、はじめまして!コメントありがとうございます。書いている私も胸が痛めつつ書いてます(笑)この後は完結まで一気に仕上げた後で公開予定です。もう少しだけお付き合いくださいませ☺️ (2021年11月6日 10時) (レス) id: 85bd249cc8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:羽糸 | 作成日時:2021年10月24日 0時