見慣れた街の片隅:izw ページ41
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大きな機械の中でくるくる回る洗濯物を、古びた長椅子に座りながら見つめていた。
夜も遅いからか私たちのほかに客はいない。
隣で漫画を読む彼は機嫌がいいのか鼻歌なんて歌っている。
「伊沢くん、」
「なにー?」
「洗濯機いつ買う?」
「んー、近いうちに」
「私が選んでいい?」
「ほしいやつあんの?」
「ドラム式」
「高くね?」
「減価償却考えたら安上がりだよ、それに乾燥かけたやつふかふかで気持ちいいじゃん」
タオルとか、と続けると彼も確かに、と考え込む。
ずっとごわごわしたタオルばかり使っていた彼も、ここ数日のふかふかタオルに見事絆されているようだった。
「あ、どうせ買うならめっちゃ良いやつにしようぜ」
「高いやつ?」
「そうそう、自動で洗剤入れてくれたりAI搭載してたりするやつあるっしょ?」
「そうなんだ」
「中途半端なやつより突き詰めたやつのほうが結局は満足度高いじゃん」
「まぁ、たしかに」
「じゃあ明日は電気屋巡りだな」
にこにこする彼がまた漫画に目を落とす。
残り少なくなったパックジュースを飲むとズルズルと音がした。
「ついでに冷蔵庫も新しいやつほしい」
「そういや手狭だよなぁ、買い物すると入りきらねぇときあるし」
「あのね、両開きで、野菜室があって、お肉がさっくり切れるやつがいいなぁ」
「希望が主婦っぽいね、」
いい奥さんになるよ、そう言った彼はまだにこにこしている。
「あ、あとさ、私、伊沢くんの名字もほしいな」
「……家電のついでで言う話?」
「だってほしいんだもん」
「そんな軽いもんじゃねぇんだけど、」
「くれないの?」
「いやそういうわけじゃ…」
俺だって、とか、いやいまか、とか、ぶつぶつつぶやく彼の後ろで、残り1分の表示が点滅する。
「……もういいや、」
「なになに?」
「俺の名字も人生も全部Aにあげる」
「え、やった、うれしい、」
「もー、俺だっていろいろ考えてたのに…」
「だって話の流れ的に今言えるかな?と思って、家電そろえる感じだったし」
「いいのよ、結果オーライでいいんだけど、Aはこんなんでよかったの?」
「うん、こんなんでいい」
「あそう、…ならいいけど」
「明日ついでに指輪も見にいこうよ」
「ねえそういうのも俺が言うやつだから、」
役割とらないで、と言いながら彼が近づいてくる。
ふわふわした唇が離れたのは、洗濯終了の合図が鳴りやんだあとだった。
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キタ(プロフ) - あんころさん» ありがとうございます!キャラが定まってない感じもありますが大丈夫でしたでしょうか…?どうしても不定期になってしまいますが、更新の予定はありますのでまたよろしくお願いします(*^^*) (2020年4月6日 1時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)
あんころ - kwmrさんだいすき人間なのですが、どれも好みどストライクでもう…!!!キタさんのペースで頑張ってください!応援しています!! (2020年4月2日 2時) (レス) id: 4b7a069960 (このIDを非表示/違反報告)
キタ(プロフ) - ぽさん» お返事遅くなってしまってすみません!一作目からありがとうございます。更新も不定期ですが、なんとかご期待に応えられるように頑張りますので、今後もよろしくお願いします。 (2019年12月9日 21時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぽ(プロフ) - キタさんお久しぶりです><「平凡、即ち人生」がドストライクすぎました、、!!キタさんの書く文章が大好きです:-)これからも応援しています。 (2019年12月5日 20時) (レス) id: 7700f16782 (このIDを非表示/違反報告)
キタ(プロフ) - ちるさん» コメントありがとうございます。沢山のお褒めの言葉をいただけてとても嬉しいです。マイペースにはなりますが、色々と更新していきたいと思います。今後もよろしくお願いします! (2019年10月31日 23時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:キタ | 作成日時:2019年10月29日 14時