20 song. ページ21
転校してから数週間経ち、今の生活にも慣れてきた。
ストリートライブも好調で、学校や寮の生活圏域が狭まったおかげで歌のレッスンの時間も多く取れるようになった。
ただ、心春は一つの壁に直面していた。
それは、作曲だった。
事務所内にある、心春の作曲ルーム。そこにはピアノやギターの他、レコーディング機材もそろっていて、あまりの設備の整った環境に驚いて心春が失神しそうになったのはつい先日。
ピアノの椅子に座りながらも、ギターを太腿に乗せてコードを奏でる心春。
「うーん。なにか違う」
ピアノでメロディーラインを弾いてみる。
「うーん、これじゃない感」
ある程度フレーズは出来ているのだけど、最後の数小節がどうしても定まらない。
こんなにも作曲が難航するのは、初めてだった。
これまで多様な音楽を作ってきた心春は、感情のままにメロディーやコードを並べてきた。だけど、もうそんなやり方ではいけない気がしていた。
脳内で様々なコードが響いては不協和音となって頭痛をもたらす。視点を変えてみようと思い至り椅子から降りて、床に寝転がってみる。天井のライトが眩しい。余計に頭痛が増した。
「大丈夫かい?」
いつの間にやら作曲ルームに訪れた万理が、ひょっこり顔を覗かせた。
はっと正気に戻った心春は慌てて飛び起きた。
「すみません! くつろいでいたわけではなくて、ただ、視点を変えたらメロディーが浮かぶかもと思いまして!」
恥ずかしいところを見られてしまったと赤面しながら何度も頭を下げる心春の動きを制止するかのように、額に万理の掌があてられた。
「注意しに来たわけじゃないよ。ただ、最近思いつめているように見えたから、心配でね」
「大神さん……」
純粋に自分を心配してくれる気持ちを感じて、じんと胸が疼く。いつも、彼は心春にとても優しい。
ピアノ椅子に座ることを促され素直に座る心春の横に、万理もパイプ椅子を広げて腰を下ろした。
「今回は凄く悩んでるみたいだね」
「……はい」
「何か、理由でもあるの?」
優しく問いかける万理に、両手を膝の上できゅっと握りながら、心春は心情を打ちあけた。
「聞いてくださる人の心に届くような曲にしないとと思ったら、何だか生まれてくるメロディーすべてが納得いかなくなってしまって」
「心春さん……」
そっと、万理の手が心春の肩に触れる。
身体に力が入っていることに気付いて、ふっと力が抜けていった。
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作者名:冬眞 | 作成日時:2021年7月3日 13時