君が思い出すまで5【煉獄杏寿郎】

228.もう一度と請う ページ28

行き場をなくした私の指を


　杏寿郎さんは滑るように握ると、


　眉を下げて困ったように微笑んだ。


　
　次第に明るくなり、障子から光が差し込む。



　その光は彼の顔を照らして



　まるで彼自身が輝いているように見える。




　杏寿郎さんは握っていた手をそっと下げると、



　私の頬を両手で包みこんだ。



　そのままゆっくりと整った綺麗な顔が近づく。



　それはまるでスローモーションのようで


　私はずっとその美しい顔を見ていたくて


　瞳を閉じることができないでいた。



　軽く触れた唇は


　燃えるように熱く


　もう一度と請うように彼を見つめた。



「…仕方のない人だ。」



　杏寿郎さんはそう言うと、唇を啄む。



　
　気持ちよくて、心地よくて、




　気がついたら夢の中へと誘われていた。







　鳥のさえずりで目を覚ました。



　部屋を見渡しても杏寿郎さんはいない。


　先程のことは夢…？


　私は玄関へと足を走らせた。



「…草履はある。」



「Aさん？おはようございます。」



「千寿郎くん！おはよう！

　杏寿郎さんは！？」



　ひどく慌てた様子の私に千寿郎くんは目を丸くした。



「兄上なら明け方に戻られたようで、

　まだ自室で寝ていると思いますよ…？」




　夢…ではなかったようだ。



「…そっか。良かった。」



「Aさん、体調でも悪いですか？


　今朝は僕が朝餉を作りますよ。」


　千寿郎くんは心配そうに私の顔を覗いた。


「ううん。大丈夫！一緒に作りましょう。」








　この季節は昼間が短く感じる。


　夏ならばまだ明るい時刻なのに、日は西に傾いていた。






「行って参ります。父上。」




　遠くから杏寿郎さんの声が聞こえる。



　足音は槇寿郎さんの部屋からこちらへと近づいてきた。



「A！」


「はい。」


「任務に行ってくる。

　切り裂き魔の新たな情報も入ったようだ。」



「そうですか。早く見つかるといいです。」



「うむ。


　それから、どうやら最近運行中止になっている


　無限列車にも鬼が関わっているようでな。」



　無限…列車？



「あっ！新聞でも見ました。

　多くの人が神隠しにあっているとか…。

　それも切り裂き魔の仕業でしょうか？」


　杏寿郎さんは腕組みをして目を閉じた。


「それはまだなんとも言えないな！

　だが、俺が必ず人々の平和な時を取り戻す！」




　熱い眼差しは未来を見ていた。


　

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