Ep.5 ■ゆきどけ na ページ49
ココアに落としたマシュマロが、ほろりと溶けて無くなっていく。甘い香りが鼻を通り抜けて、マグカップから浮かんだ湯気に胸が高鳴る。
それが、少年のたった一つだけの楽しみだった。
辺りは白いタイル張りの無機質な部屋。薬品棚と器具が所狭しと並び、黒い机を薄暗い電灯が照らす。
少年は長い白衣の袖を手繰り寄せ、そっとマグに触れた。
「わ！ あつい……」
ぱっと引っ込めた指先は少し赤くなり、じんわりと痛みを主張する。今度は袖で手を覆い、手袋代わりにしてカップを手に持った。
「……あまい」
多幸感で満ちる。甘い液体を少しずつ含んでいく内に、ふわふわと心が浮いていくような、冷たい痛いところが埋まっていくような、そんな感覚がした。
ずきり。
心臓が、痛い。痛い。いたい。いぃ、い、い！ いたい。
カップが落ちた。陶器が割れる破裂音さえも耳に入らない。中身の温度も感じられなかった。火傷した脚に向けるだけの意識は残っていなかったのだ。
どくん。どくん。
視界が歪む。黒い点がいくつも現れては消え、ざりざりと何かを擦るような不快な音が反響した。
「あ、ぁ……」
机の上のスプーンを投げる。幼い子どもの力とは思えないほどの勢いで、棚のガラス戸に直撃した。頭が割れる。痛い。身体が自分のものでは無くなったかのように、衝動が止められない。
「いたい！ いたいよ！」
叫び声が虚しく響く。助けを呼ぶことも出来なかった。慟哭する少年の、長い茶髪が乱れる。その前髪に隠れていた瞳は、鮮血によく似た赤色だった。
視界の黒い粒は、より一層その輪郭を昭然たるものにしている。それは小さな悪魔たち。そのどれもが微かに発狂し、嫌な声で叫んでいた。不愉快な合唱が冷静さを欠いた脳に刻まれていく。
たす、けて。口が動いた。声が出ない。誰にも言えない、苦悩の日々。心臓に残る絶望感。まだ、泥濘を編んでいる。甘ったるい、辛酸のお話。
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葡萄(プロフ) - 名無しさん» 名無し様、コメントありがとうございます。世界観は特にこだわっておりますので、そう言って頂き本当に嬉しいです。明日以降もたくさん楽しんでいって下さい。 (2023年3月28日 22時) (
レス) id: 174f99a722 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - まずは、4章までの更新お疲れ様です。世界観の作り込みが本当に細かく、一話毎に感想を伝えられないのが残念です(笑)お体にお気をつけてください！更新楽しみにしてます。 (2023年3月28日 20時) (レス) @page42 id: 8b083f4a7d (このIDを非表示/違反報告)
葡萄(プロフ) - 名無しさん» 名無し様、コメントありがとうございます。嬉しいお言葉、大変励みになります。実は雪の降る頃は非公開でしたので、まだ読めなかったんです……季節外れですが、楽しんで頂ければ幸いです。今後も頑張ります！ (2023年3月18日 19時) (レス) id: 174f99a722 (このIDを非表示/違反報告)
名無し - とても読みやすい文章で、心情の表現や描写も素敵です！雪の降る頃に見つけられなかったのが悔やまれます(笑)陰ながら応援しています。更新頑張ってください！ (2023年3月18日 19時) (レス) id: 8b083f4a7d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：葡萄 | 作成日時：2021年5月13日 17時
