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其の漆 夏目の血 ページ8

女は名を夏目美妙と云った。

齢22と云う若さにして『明暗古書堂』の店主(オーナー)を勤め、敦にとっては、嘗て同じ孤児院で苦楽を共にした、謂わば姉貴分のような女性(ひと)であった。

街中で再会した時には、此れでもかと号泣した事は未だ記憶に新しい。

敦は早速本題を話した。

姉を探す三兄弟、外見特徴が美妙に当てはまる事、彼等が恐らく明日も此の街に来る事。

彼等の探す姉が美妙であると、敦がほぼ確信を抱いている事。

「弟がいると、以前孤児院で話してくれたのを覚えてるんだ」

未だ幼かった頃一度だけ訊いた彼女の兄弟の話を、敦は確りと覚えていた。

「……」

美妙は少し考え込んでいた。暫くすると困ったような笑みを浮かべ乍ら、敦に答えた。

「そうだね。きっと、其の兄弟は私の弟達なんだろう。でも、此の事を彼等、否、他の誰かに云うのは少し待って欲しいんだ」
「如何して?」
「口振からして、探偵社の皆は此の話を知っているんでしょ?若し『そうだ』と公言すれば、国木田さん辺りが突っかかって来そうだし」

何より、三兄弟(かれら)夏目漱石の孫(私のおとうと)だと云う事が原因で異能力関係の事件に巻き込まれる可能性があるしね、と美妙は云う。

実際、国木田や太宰が難色を示したのには美妙の家族、と云うよりも彼女の祖父が関係していた。

夏目漱石。其れが美妙の祖父の名である。其の男はヨコハマを知り尽くし、噂には万物を見抜く異能力を持つと云う伝説の異能力者──とは太宰談。

実際、『武装探偵社』社長である福沢諭吉やヨコハマの暗部其の物と云える強大な組織『ポート・マフィア』の首領(ボス)森鴎外。ヨコハマの二大異能組織の長ですら頭が上がらないと云う。

数々の逸話を残す男のたった一人の孫娘。其丈で何れ程の価値が生まれるかは云うまでも無い。

其れが三人増えてみろ。破落戸(ごろつき)に襲われるだけでは済まないだろう。

「例え“夏目の血”が通っていなくても、其奴等の構う所ではないだろうね」

山田三兄弟は美妙の実弟と云う訳では無い。彼等には伝説の異能者の血は流れていない。美妙とは母親を異にした義姉弟である。

だが真実など微塵も意味を為さない。

「だから今では無いよ。彼等が接触して来たとしても、少なくとも数ヶ月は駄目だ」
「何かあるの?」

数ヶ月と云う数字が引っ掛かり、美妙に問い掛ける。

「最近、中王区がきな臭い動きをしていると垂れ込みがあってね」

其の捌 予兆→←其の陸 訪問



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作者名:耐熱ガラス | 作成日時:2020年3月15日 17時

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