花笑みのきみ (ページ39)

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34　許しはしないページ39

二宮と松本は
お互いのことを全く知らない訳ではない。

いやむしろよく知っている間柄だ。
二宮の脚本で松本が主演を演じる歌舞伎の舞台は
いつも大当たりなのだから
仕事上では良きパートナーと言えるだろう。

つい最近も
二宮が書き下ろした脚本で
松本が主役を演じた舞台『鳴滝』は
連日大入り満員の大盛況だった。

しかーし！

それとこれとは話が別。

「せ･･、先生、松本でございます。」

と言う潤之進を見ても
二宮は眉毛ひとつ動かさない。

片手でぎゅっとみやびの細い体を抱きしめ
もう片方の手に握った小柄の切っ先を松本の喉元に向けたまま
二宮は静かに呟く。

「‥だから？」

大声で相手を怒鳴り散らすよりも
静かで冷たい声の方が逆に恐ろしい。

「たとえお前が
公方様や京の都の天子様だったとしても
そんなことは私には関係ない。
この子の体にちょっとでも触れる奴ぁ
誰だろうと
私は絶対に許しはしない！」

ギラリ！

二宮の目が光る。

そのとび色の瞳に宿っているのは
明らかな狂気。

松本もおツル婆ぁも
ゾゾゾ‥！
と震えあがった。

もう松本の顔には笑みなんぞ欠片も残っていない。

ゴクリ生唾を飲み込んで

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ二宮先生！」

松本が膝からずいっと身を乗り出したが
二宮が
手にした小柄を真っすぐ前に突き出したまま引かないものだから
小柄の先っちょが
松本の喉元に突き刺さりそうになった。

それを見ておツル婆ぁが

「ヒィッ！突き刺さるっ！」

すくみ上がって悲鳴を上げた。

松本もその場で固まってしまった。

この男、本気だ。
引く気なんてこれっぽっちもないんだ。

そう思うと
松本の背中に冷たい汗がツーっと流れた。

言いようのない恐怖に抱きすくめられ
身動きできなくなってしまった松本を
じっとねめつけ

「おい、そこの婆ぁ、駕籠を３丁呼んで来い。
今すぐに！」

二宮は
おツル婆ぁに頭ごなしにそう命じた。

「な‥、なんで私が･･」

と反論しかけたが
ジロリと二宮に横目で睨まれると
おツル婆ぁは
ぴゃっと首をすくめた。

「門前に駕籠かきがたむろしてんの、知ってるだろ？！
今すぐ走って呼んで来い、クソ婆ぁっ！」

綺麗な顔の男が
本気で怒るとこんなにも恐ろしいものなのか
二宮に怒鳴られたおツル婆ぁは
マジで一寸ばかし飛び上がってから
這うようにしてこのボロ小屋から飛び出していった。