26 みなしご潤坊 ページ31
ガタピシと軋むボロ屋の戸を足で器用に開け
潤之進がするりと中に入っていく。
その後すぐに続いたおツル婆ぁが
急いで戸を閉めた。
中は狭い土間と小さなかまどと流しがあり
その奥には
畳がすり切れた汚い４畳半の居間があるっきり。
びっくりするくらい狭い。
草履を脱いで座敷に上がろうとする潤之進を
「ちょいと待ちな。」
軽く制して
おツル婆ぁが先に上がり
部屋の隅っこに畳んで重ねていた夜具を引っ張り出してきた。
「小汚ねぇけどないよりマシだろ。」
と言うけど
(いや、この上に寝かせる方が汚れそう‥)
内心
潤之進がためらったことは秘密だ。
カビ臭い薄っぺらな夜具の上に
そ･･っと
少女を寝かせた潤之進は
深い深いため息をついた。
さすがに人一人をここまで運ぶのは大変だった。
それが
こんなに華奢な少女だったとしても･･。
自分で自分の腕を軽く揉みながら
潤之進は
「ありがとうよ･･」
とおツル婆ぁに礼を言った。
「いや、礼を言われるほどのこたぁ
あたしゃしてないけどよぉ･･
この綺麗な子、どうしたんだい？
まさか、どっかのお屋敷からかっ攫って来たんじゃないだろうね。」
おツル婆ぁが
黄色く濁った白目をぎょろりと剥いて
潤之進を下から睨み上げる。
酒焼けしたガラガラ声だけ聞くと
そこらのおっさんのようだ。
「まさか。」
潤之進は
絵に描いたように整った美しい顔で
ニコッと笑った。
「ここからちょっといった所に
大きな石灯籠があるだろ？
かわいそうに
そこで真っ青になってうずくまっていたんだよ。」
言いながら
潤之進は
眠り続ける少女のまなじりに滲んだ涙を
指先でぬぐってやった。
「どこかで休ませてあげたくてね
で、ここに連れてきたって訳。
おツル婆ぁは、私が行っても騒いだりしないし･･。」
「へっ！自惚れンじゃないよ！
将軍様ならいざ知らず
なんで
お前ぐらいで騒がなきゃいけねえんだよ！」
ケッ！
と
本当に唾を吐く勢いで
人気絶頂の歌舞伎役者である自分をこき下ろすおツル婆ぁ。
潤之進は
そんなおツル婆ぁに
腹を立てるどころか
むしろ逆にスカッと胸がすくような気持ちがする。
おツル婆ぁは
潤之進を特別扱いなんぞ絶対にしない。
今でも
浅草寺でたむろしていたみなしご潤坊として
潤之進に接してくれる。
それが
潤之進には嬉しくてたまらないのだ。
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作者名：はっしー
作成日時：2018年5月16日 0時
