恋人 ページ1
今日は記念日だからと、買ってきたローストビーフ、ポテトサラダ、クロワッサンを並べる。嬉しいはずの記念日、それでも私たちはお互いに暗い表情を浮かべていた。
いつからだろうか、私たちは、深い海の底にいるかのように苦しかった。大きな問題があったわけでもないのに、少しずつ暗い深海に引き摺られていく。おそらく、私とあなたがどう足掻いても、どうしようもなかった。
あなたが缶ビールを開ける。私はその音で我に返り、慌ててビールを開ける。あなたがコップを前に差し出してきたので、乾杯をする。醜い表情と共に、からんと乾いた音が鳴る。
「いただきます」
それからは、ローストビーフを食べながら、ビールを飲んだ。ローストビーフは安かったからか、固かったので、ビールで押し込みながら食べた。贅沢をしたはずなのに、あまり美味しいとは思えなかった。
八時を回る頃、ほぼ食事が終わり片付けようとしたとき、彼からちょっと待ってと話しかけられた。私は手を止め、椅子に座りなおす。
「どうしたの」
私はそう聞いた。すると、あなたは私の目をじっと見つめ、切り出した。
「俺たち、別れないか」
その瞬間、心が縮んだ。崖っぷちで、あなたが好きだったことを思い出してしまったからだ。いつでも誠実なあなたが。出会ったとき、初めてのデート、全てが走馬灯のように頭を巡る。私の心が別れたくないと暴れ出す。
それでも、別れないという選択肢は取れなかった。それは、分かりきっていたことだったからだ。私たちがもうすでに深海で死んでしまっていることも、先がないことも。
「そうだね」
目は合わせられなかった。そこまでの勇気が私にはなかった。
あなたはその答えを聞いた後、考えたような仕草をした。そのあと何かを決意し、大きく深呼吸をした。
「愛してるよ」
おそらくそれは、私があなたともう一度歩みたいと思うには十分な言葉だった。しかし、それをしてしまったら、あなたの誠実さを裏切ってしまうと知っていた。
あなたと同じように深呼吸をする。これが最後の言葉だとしても、後悔しないように。
「私も愛してる」
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作者名：あんみつ | 作成日時：2016年3月28日 18時
